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石原吉郎――失語について

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2016年12月 3日(土)12時02分19秒
   申しおくれましたが、上村さん、Morgenさん、青木さんにはお見舞いと励ましのお言葉をいただき、ありがとうございました。二、三日前、スーパーへ買い物に行ったとき、付き添って来た娘に「お父さん、歩くの、だいぶん早やなったね」と云われました。順調に回復しているようです。
 前回は唐突に、石原吉郎に触発されて妄想を開陳し、見苦しいことでした。と云いつつ、性懲りもなく妄想の続きを書きます。

 『石原吉郎セレクション』ではとくに「ことば」についての多くの言及に目を引かれました。

 饒舌のなかに言葉はない/
 言葉は忍耐をもっておのれの内側へささえなければならぬ/
 言葉を失うことと沈黙することとは、まったく次元がことなる/
 詩の一行目は訪れるもの、書きはじめるのは二行目から/
 「いわなければよかった」というのが、たぶん詩の出発ではないか/
 ことばは伝わるのか


 とくに私は、次の言葉から思索の糸を引き出されました。

 言葉がなお余命をたもち、有効であるのは、彼らの過去、かつて人間であった記憶のなかでである。

 私の思いは、「かつて人間であった記憶」というところから不意に、伊東「空の浴槽」の「あゝ彼が、私の内の食肉禽が、彼の前生の人間であつたことを知り抜いてさへゐなかつたなら」へと飛びます。石原がシベリア抑留によって人間であることを喪失させられた体験をふまえて「かつて人間であった」と云っているのと伊東の場合とは状況が異なりますが、伊東がある種の「失語」状態にあったことを述べている、ということは云えると思うのです。このときの「失語」とはどういうものか、石原の「失語」と比べて何が云えるか、そして、伊東の「失語」と「詩」との関係はどうなのか――というのは、石原のもう一冊の講談社文芸文庫版『石原吉郎詩文集』の冒頭に、次のような文章を読んだからでした(「詩の定義」)。

(中略)詩は、「書くまい」とする衝動なのだと。このいいかたは唐突であるかもしれない。だが、この衝動が私を駆って、詩におもむかせたことは事実である。詩における言葉はいわば沈黙を語るためのことば、「沈黙するための」ことばであるといっていい。もっとも耐えがたいものを語ろうとする衝動が、このような不幸な機能を、ことばに課したと考えることができる。いわば失語の一歩手前でふみとどまろうとする意志が、詩の全体をささえるのである。

 今日、栃久美子『狂うひと――「死の棘」の妻・島尾ミホ』(新潮社)を読み終わりました。
 島尾マヤさんの失語は、何だったのだろうか。
 
 

温かい師走の入り・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2016年12月 1日(木)14時54分44秒
編集済
  青木さま
 「没絃琴」へのコメントありがとうございます。夜中に急いで書いたので良寛詩を全詩掲載できませんでしたが、大まかな意味は記載の通りです。「詩が生まれるとき」というような文句が浮かんできますね。

 スヴェトラーナ・アレクシェ-ヴィチさんの講演会感想を読みました。
 「困難な時代であるからこそ知識人は一般の人たちを勇気づけ、助けになるべき存在だ」と言う文章をみて、50年も昔のことを懐かしく思いました。ベトナム戦争の頃に、私は(大学院生)『ベトナム戦争に反対する知識人・文化人会議』の事務局(某新聞社ビル内)にいて、そのような趣旨の声明文や報告書の原稿を書いたり、先生方への連絡係をしていたからです。

 山本様、青木様のご投稿に触発されて、『石原吉郎詩文集』を買いました。
 私の父(大正4年生 故人)もほぼ同年代のシベリヤ抑留組ですが、その頃の話をするのを嫌がりました。繰り返して同じシベリアの夢をみてうなされるそうで、それは誰かが殺される夢だったのかもしれませんね。そのような訳で、私も満州やシベリアの本を読むのは少々辛いです。

 温かい師走の入りではありますが、パソコン上のスケヂュールは結構詰まっています。昨日は休みを取って、淀川サイクリング(70キロ)、スポーツジム(2時間)、公園の落葉掃除(1時間余)をしました。柔道の選手のように“まだまだ”という心構えで、この冬を乗り切りたいと思っています。
 

天金

 投稿者:青木 由弥子  投稿日:2016年11月30日(水)16時03分1秒
  山本さま

石原吉郎、黒田喜夫・・・様々な詩誌で一斉に(まるで連携しているように)見直しの機運が高まっているように思います。現代の詩から、抜け落ちてしまったもの、薄まってしまったもの・・・を、もう一度取り戻しに行こう・・・そんな詩人たちの想いが、背後にあるような気がしています。

Morgenさま

百千の・・・の琴、八木重吉の詩への連想が湧くのですが、静雄があの詩を知っていたか、どうか・・・もっと古くから、人々の心の奥に流れ続けていたものに触れている詩ではないか、と思っていたのですが・・・良寛さんも「琴線」を掻き立てるもの・・・詩情を揺さぶるものの源泉を、目に見える自然の、その背後に息づく「なにか」に見ていたのかもしれません。

ところで・・・三橋敏雄の俳句をボーっと流し読みしていたら、「かもめ来よ天金の書をひらくたび」という句に出会いました。昭和12年の作。
静雄の『わがひと~』かどうかは定かではありませんが、昭和10年刊行の「天金」装の詩集なので、イメージが重なりました。表紙の白鳥のレリーフとカモメのイメージも、重なるような、重ならないような・・・。
当時、どんな本が「天金」だったのか。なぜ、静雄が(保田與重郎が、というべきかもしれませんが)詩集に採用したのか・・・そもそも、よく使われた技法だったのか、珍しい装幀なのか、などなど・・・ささいなことですが、知りたくなりました。

もしご存知の方がいらしたら、教えてください(^^♪

http://yumikoaoki.exblog.jp/

 

「百千の草葉もみぢし・・・・・」

 投稿者:Morgen  投稿日:2016年11月30日(水)01時12分4秒
編集済
  人影少なく、一面に黄葉する草木に囲まれた「淀の河邉」のサイクリングロードで、黙々とロードバイクのペダルをこいでいると、伊東静雄の「百千の草葉もみぢし・・・・・」という詩が脳裏に浮かんできます。(去年も同じことを書きましたが…)

 百千の草葉もみぢし
 野の勁き琴は鳴り出ず
 ・・・・・・・・・・

 詩人は、なぜ「自然の調べ」を「琴は鳴り出ず」と琴に譬えているのでしょうか?私は、良寛和尚の詩に出てくる「没絃琴(もつげんきん)」(絃のない琴)を連想しました。

 静夜草庵裏
 独奏没絃琴
 ・・・・・

 この詩を読んでみると、良寛さんは、実際は「没絃琴」を奏しているのではなく、「自然の調べ」を、「心の裡」で琴の音を聞くように聴いているのです。
「その調べは、流れる水に融けて奥深く、深い谷に満ち溢れ、山林に響きわたっているが、その微妙な音色は耳の聞こえない人でなければ聞き分けられない。(無心の人の心には直接に聞こえるもので、“不立文字”のように達磨禅の境地。)」と、良寛さんは言っているようです。

 詩人には、もみぢする百千の草葉中から鳴り出ずる「自然の調べ(琴の音)」が聴こえ、「百千の」という新しい「詩が生まれた」。
 そして『哀歌』のころの激した心は、秋の太陽に照らされて「あまく醸されて」いると、「百千の」では唱っているように思われます。

 「われ秋の太陽に謝す。」―(明後日からはもう冬ですが)元気で頑張りましょう。
 

石原吉郎――終末について

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2016年11月29日(火)14時33分58秒
  岩波現代文庫の『石原吉郎セレクション』を読み終りました。シベリア抑留体験者としてのこの人の名前は諸書で何度か目にしたことがありますが、その文章を読んだのははじめてでした。本稿はただひとつのことを誌します。およそ3/4ほど読んだところで私は、ヨハネ黙示録からの「第七の封印を解き給ひたれば、凡そ半刻のあひだ天静なりき」という引用に出会って、ガンと胸を打たれたように思いました。私は前から黙示録の騒々しさがいやで、終末はもっと穏かで静かなものであろう、そうであってほしい、と思っていました。昔(ずいぶん昔)「終末//静かに暮れてゆく/喇叭の音など聞えない」という短詩を書いたことがありました。この掲示板にかつて投稿した、開高健の詩碑についての文章の末尾につけた「北田辺」という題の詩のようなものも、私の予想と願望としての終末の穏かさと静かさを託したつもりでした。世界は今、すでにこの「半刻」に入っているのではないでしょうか。世界のこの静けさ(イロニーとして)はその証ではないでしょうか。そうしてこの半刻が過ぎ去ったあと、阿鼻叫喚が再びはじまるのではなく、そのまま不意に、まるで鋭い刃物で断ち切ったように、世界はスパッと終るのではないでしょうか。私の終末も、穏かで静かであってほしい。しかしどうしても喇叭が鳴るのなら、それはもう仕方がない。(上は私の勝手な妄想で、石原吉郎とは何の関係もありません。石原は「待つことがおそらくはそのまま生きることではないか」と言っています。)
 

第27回 伊東静雄賞

 投稿者:伊東静雄顕彰委員会  投稿日:2016年11月29日(火)09時45分43秒
  第27回 伊東静雄賞は、国内外から1337篇の現代詩が寄せられ、選考の結果下記の通り決定しました。

伊東静雄賞  該当作品なし

奨励賞2篇  ガッコの先生   渡会 克男氏 千葉県柏市在住
       雪の葬列     宮 せつ湖氏 滋賀県大津市在

       賞状並びに副賞各25万円

贈呈式    平成29年3月26日 諫早観光ホテル道具屋

                          伊東静雄顕彰委員会

       
 

お大事になさってください

 投稿者:青木 由弥子  投稿日:2016年11月24日(木)18時12分52秒
  膝を傷められたとのこと、お大事になさってください。
私も(そそっかしいので)肋骨を折ったり足の親指の爪をはがしたり・・・親指の時はともかく、足の甲の骨を折った時には、歩けるようになってからも、かなり筋力に差があったように思います・・・。
冷えると痛みが増すかもしれません、どうぞ暖かくして、腰や肩などほぐしながらお過ごしください。

http://yumikoaoki.exblog.jp/

 

お大事に・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2016年11月24日(木)00時23分55秒
編集済
   山本様。膝蓋骨折で3週間もご入院されたとのこと、お見舞い申し上げます。

 私は、公私とも相変わらず身辺多忙でバタバタしておりますが、体力を現状維持するために、年甲斐もなく「淀の河邉サイクリング」は続けております。目下のところ、できるだけ長続きさせる方法として「臀筋ぺダリング」を練習しております。歩く時も、できるだけおしりの筋肉を意識して使うようにし、太腿やハムストリングを脱力して(膝関節に頼らないで)、臀筋を強くする筋トレドリルに心掛けています。

 今日(11/23)は、家内に誘われて電車で京都の紅葉を見に行きました。黒谷(写真上)や真如堂(写真下)など東山方面の紅葉はちょうど最盛期を迎えており、少し歩いて空腹だったおかげもあり「六盛」の弁当もおいしくいただきました。

 どうぞお体を大事にされ、リハビリに励まれて、一日も早く自力歩行力を回復されるように祈っています。

http://

 

ごぶさた その2

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2016年11月22日(火)17時38分21秒
編集済
  久しく音沙汰なしで申しわけありません。
無様なことに、またもや転んでしまいました。夜、ゴミ出しに裏の石段を下りて、最後の段を踏みはずして転倒、膝蓋骨折、つまりひざの「お皿」にヒビがはいって、救急外来へ、以後3週間入院してこのほどようやく退院してきました。
入院中は掲示板も見られず、淋しい思いをしました。前にちょっと書いた、折口信夫『死者の書』の話の務めは果たし、その余韻で、ベッドの上で「折口信夫全集」1冊を、目をしょぼしょぼさせながら読み終わりました。それから横光利一『旅愁』上下。思うに、両人とも日本浪曼派に無縁ではなく、まだ「伊東の幽霊」がつきまとっているようです。
屋内でも歩行器を使って歩いている状態で、思うように動けません。ノートパソコンを2Fの書斎から階下へ移してもらったので、掲示板は見ることができます。またそのうち投稿を再開したいと思います。
知らぬ間にすっかり秋から冬になりました。皆様どうかお風邪を召されませぬように。
 

菜の花フォーラム ご案内

 投稿者:伊東静雄研究会  投稿日:2016年11月10日(木)20時03分31秒
  伊東静雄・生誕110年記念   第11回 菜の花フォーラム ご案内

日時:平成28年12月10日(土)午後1時~
場所:諫早図書館 2階 視聴覚ホール

〇 講演:詩との出会い~ことばの力  講師 二羽史裕氏(活水女子大学講師)

〇 歌曲:伊東静雄の詩を歌う 燕・小曲・他  諫早男声合唱団の皆さん

〇 ビデオ上映:わが故郷の詩~諫早~ 企画 諫早市・製作(株)イワプロ

〇 フリートーク: 参加者の皆さんのご意見交換  郷土の文学について その他ご自由に

  お気軽にご参加ください。申込み不要です。  お問合せ 090-3739-5717(上村)

                      伊東静雄研究会
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2016年11月 8日(火)11時13分27秒
  10月23日午後2時から,諫早図書館に於いて第106回例会を開催した。

今回は、『詩集 春のいそぎ自序』『わがうたさえや』『かの旅』『那智』『久住の歌』『秋の海』を読み解いた。

会報は第100号。内容は次のとおり。

1 伊東静雄の世界                                      大井 康暢
                                     昭和56年10月 「岩礁」39号

2 詩集 春のいそぎ自序                                伊東 静雄

                                    昭和18年4月
    詩 「わがうたさへや」


3 詩 「蝙蝠傘の詩」                                    黒田 三郎

    詩 「紙風船」
                        詩誌「荒地」創刊に参加

4  詩 「夢の場所」                                       彦坂 まり

                                     2016.9 ERA 第三次7号


5 上村肇の作品論 (四) 闇           日本現代詩人会員 松尾 静子

    詩 「夜の貌」
    詩  「夜の章」
    詩   「雪」

6 伊東静雄研究会に思うこと                             富永 健司

            ~会報100号を祝して~


7  はがき随筆 「私は雲の上に」                        龍田 豊秋

                              毎日新聞長崎県版 9月19日掲載

以上

次回例会は、11月26日午後2時から,諫早図書館に於いて開催。
 

ご冥福をお祈りいたします

 投稿者:青木 由弥子  投稿日:2016年11月 1日(火)14時01分2秒
  昨日、伊藤桂一様のご逝去のことを伺いました。
99歳・・・100歳まではと、エッセイなどに書いておられたのに・・・。
ブログに、少し前に書いたものですが『竹の思想』の感想文をアップしました。
いつまでも、想いを、美しい言葉を、伝えていきたいと思います。

http://yumikoaoki.exblog.jp/

 

伊藤桂一先生 逝去

 投稿者:上村 紀元  投稿日:2016年11月 1日(火)09時50分35秒
  元伊東静雄賞選者の伊藤桂一先生が逝去されました。本賞創設以来、現代詩の振興に多大なご貢献を賜りました。謹んでご冥福をお祈り申し上げます。  

野呂文学を読む会

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2016年10月17日(月)11時25分51秒
  おはようございます。
今日は、蒸し暑い陽気です。
こちらでは、ようやくキンモクセイが開花しました。
先日からヒヨドリの群れが賑やかで、モズの高鳴きは遠慮がちの様です。

10月15日、諫早図書館に於いて定例の「野呂文学を読む会」を開催しました。
たまたま、野呂文学研究家の浅尾節子さんが来諫されていて、諫早図書館で資料
調査の最中でしたので、会に参加して頂き、ディープなお話を聴かせて貰いました。

ラーキーでした。

膨大な資料をお持ちとのことで、リクエストがあれば送りますよ、と言って下さいました。

                                                                以上
 

バタバタしております

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2016年10月 8日(土)23時41分25秒
  こんばんは。
関わっている詩誌の締切やら、年鑑号のもろもろやらに追われて、なんとなく気忙しい秋です。読みたい本と読むべき本と、読まねばならない本が山積。
我が家も毎日新聞ですが東京版なので、記事情報ありがたかったです。のどかないい景色ですね。環境の変動と気象異常、鳥たちには受難の時代のようですが・・・『沈黙の春』が二度と訪れないように、人間が物質的欲望から精神的欲望へと気持ちを切り替えていくことを願いたいです。干拓の問題も、最終的には自然のかたちに戻ってほしいなぁ、と思います。
 

毎日新聞夕刊(10月7日)

 投稿者:Morgen  投稿日:2016年10月 8日(土)23時00分50秒
編集済
   毎日新聞夕刊(10月7日)の「夕刊ワイド」に、諫早の記事が出ています。

 長崎県諫早市(野呂邦暢「鳥たちの河口」)失われゆく自然への「挽歌」

 スキャンするには大きすぎますので、毎日新聞デジタル版のリンク先を下に載せておきます。そちらからご覧下さい。

http://mainichi.jp/articles/20161007/ddf/012/040/008000c

 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2016年10月 3日(月)09時55分38秒
  9月24日午後2時から,諫早図書館に於いて第105回例会を開催した。
出席者は、8名。

今回は、『早春』『金星』『そんなに凝視めるな』の3篇を読み解いた。

会報は第99号。
内容は次のとおり。

1 伊東静雄ノート(4)                青木 由弥子


2 詩人上村肇の作品論   (三) 慈愛

    「蜜柑」「永別の春」「塒」を読み解く

                                 日本現代詩人会会員 松尾 静子


3 「羨望」の思い出                              三好  隆

     伊東静雄の詩「羨望」に出てくる年少の友人が、三好さんです。

                                 昭和39年8月 果樹園102号


4  西日本新聞 9月5日掲載 「教えてお宝」諫早の文人素描

    これから、明治以降の諫早の傑物15人が、上村紀元会長の文章により
  紹介されます。

                                                                以上

次回例会は、10月22日午後2時から,諫早図書館に於いて開催。
 

「きらクラ」

 投稿者:吉田伸太郎  投稿日:2016年 9月30日(金)21時53分59秒
  NHK FM で日曜午後2時から放送の「きらクラ」。クラシック初心者にも楽しめる番組です。この番組のコーナーの一つに「BGM選手権」というのがあって、詩や随筆・小説の一部にクラシック音楽のBGMを充てるというのがあって、今度の放送(10月2日)では、伊東静雄の「自然に、充分自然に」が取り上げられています。ご興味ある方は是非お聴き下さい。数年前にも同じコーナーで「夏の終わり」が取り上げられています。ひょっとしたらスタッフの中に伊東静雄ファンがいらっしゃるのかもしれませんね。私はこの番組の大ファンで、このFM放送を聞きたいばかりに、アンテナまで設置しました(^ ^)  翌日の月曜朝に再放送されます。

http://www4.nhk.or.jp/kira/

 

家島諸島巡り

 投稿者:Morgen  投稿日:2016年 9月23日(金)15時54分15秒
編集済
   こんにちは。上村さん。『伊東静雄研究会』のレジュメをお贈りいただきありがとうございました。

 一昨日(9月21日)、百合子さん宛伊東静雄の下記手紙に書かれている「家島」に行ってきました。某旅行会社の、チャーター船による「家島諸島巡りツアー」に申し込みをしていたのがやっと実施されたのです。(3度目の正直)

 「・・・私の詩はいろんな事実をかくして書いてをりますので、他人はよみにくいと存じますが、百合子さんはよみにくくない筈です。あなたにもわからなかったら、もう私の詩もおしまひです。家島のことや姫路のことや本明川のことがどっさり歌ってあるはずです。・・・」(昭和10年11月2日 百合子宛封書)

 『詩人、その生涯と運命』(小高根二郎)によれば、百合子・静雄の共有する播磨灘や家島の記憶が「H島に寄す」~「漂泊-A・Tに-」を生み、伊東静雄は小高根氏のアパートで原稿用紙にこの詩をしたためて朗吟し、小高根氏は「1935年6月16日わが部屋にて歌ふなり。」とその末尾にメモしておいたそうです。(同書 281~289頁)

 家島諸島とは、姫路飾磨港から約30分(18キロ)程の洋上に浮かぶ44島をいい、一昨日はそのうち家島、坊勢島(ぼうぜじま)、男鹿島(たんがじま)、西島の4島を船で巡り、約40名の団体で島に上陸して散策しました。(最高齢92歳!超お元気!)
 家島の小高い山の上にある「家島神社」、坊勢島の漁師集落(兵庫県一番の漁獲高で、今なお人口上昇中という)などの島の佇まい(狭く入り組んだ路地)や歴史の話などが印象に残りました。前日に通過した台風16号のために、船は港内に係留されたまま漁はお休みで、坊勢島の魚屋さんも閉まっており、期待していた鮮魚の土産は買えませんでした。

 「H島に寄す」で「島人は櫂音高く 入海の奥の岩間に うち群れて清水汲む小舟すすめぬ」と歌われている岩間は何所の辺りか? ということが前から気になっていたのです。(随分昔に島の観光案内所に電話で訊ねてみましたが)真清水は枯れてしまったようだというお応えでした。 昔は、島には水源が少なく、とても貴重な真清水だったに違いありません。現在は姫路市営水道管が播磨灘海底に敷設されていて水問題は解決されて、岩間の真清水は、島人の記憶から薄れてしまったのかもしれません。

 「・・・ああ 黙想の後の歌はあらじ/われこの魍魅の白き穂波蹈み/新月におほ海の面渉ると/かの味気なき微笑の人を呼ばむ」(『日本浪曼派』昭和10年7月号)から、「H島に寄す」~「漂白-A・Tに-」の間(数日間)に詩人にどんな変化が起こったのか?
それは、「姫路から百合子さんが來版されたこと」によるのではと、小高根氏は推測されています。(納得!)因みに、ガイドさんの話によると、家島諸島には犬しか棲まない島と、猫しか棲まない島があるそうです。(44島のうち41島が無人島)

 「漂泊」

底深き海藻のなほ 日光に震ひ
その葉とくるごとく
おのづと目あき
見知られぬ入海にわれ浮くとさとりぬ
あゝ 幾歳を経たりけむ 水門の彼方
高まり 沈む波の揺籃
懼れと倨傲とぞ永く
その歌もてわれを眠らしめし(*)
われは見ず
この御空の青に堪へたる鳥を
魚族追ふ雲母岩の光……
め覚めたるわれを遶りて
躊躇ためらはぬ櫂音ひびく
あゝ われ等さまたげられず 遠つ人!
島びとが群れ漕ぐ舟ぞ
――いま 入海の奥の岩間は
孤独者の潔き水浴に真清水を噴く――
と告げたる


 「H島に寄す」

・・・・・・・(*)
島人は櫂音高く 入海の奥の岩間に
 うち群れて清水汲む小舟すゝめぬ
あゝ われらあまりに遠ければ
 またわれらをさまたぐるものはなし
木葉舞う柏の梢に いざ
 わがひとを招ぜばや
目に見えぬ野犬の群れの島にみち
 長吠きしやまぬ諸声を
いま誰かはひとつひとつにわかち得む
 

ごぶさたしてしまいました

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2016年 9月19日(月)18時13分54秒
   いま、ふたつの仕事を背負い込んでいます。ひとつは、元教師仲間でやっている雑談会のようなところで、10月に、参集者に「折口信夫原作・川本喜八郎監督、人形劇アニメ『死者の書』」というDVDを見てもらって、私が話をする、という催し。もうひとつは、大学のゼミのOB会で今まで雑文集のような冊子を二、三年に一度出していたのを、電子媒体利用でやれないだろうか、ということになって、そのための「委員」の一人をやらされて、teacup の無料掲示板の経験を話したりしています。そんなことで、目下の読書は折口信夫の全集や関連文献が中心で、あとひと月続くことになります。

 探していた室生犀星『我が愛する詩人の伝記』がみつからないので、注文して取り寄せ、先日読了しました。この夏、富岡多恵子『室生犀星』を読みました。春に『釈迢空ノート』を再読し、初読時と同じように瞠目したのですが、『室生犀星』にも感銘を受けました。この人はすごい人です。(私と同い年です。)

 暑い最中に「PO」の同人、佐古祐二さんの『評論集 抒情の岸辺』を読んでいるとき、偶然というのでしょうか、佐古さんから近著『詩集 丈高いカンナの花よ』を贈っていただきました。中に、書評として「柴田三吉詩集『さかさの木』」という文があり、「戦争詩への熱意」と副題されています。引用された一篇「戦争」の書き出し、「防毒マスクをつけたまま/ひと、を産み終えたあなた」これをも「戦争詩」として、「戦意昂揚詩」や「反戦詩」と共に、統一的に考える視点が欲しいと思います。大谷正雄さんが伊東静雄の「海戦想望」について論じておられた部分が、良いと思いました。佐古さんの『赤いカンナ』の中では、「ある一つのシュールな暗喩――ファシズムの育て方について」という作品が異色と思いました。詩は認識だ、というのは今挙げたどなたかがどこかで云っておられたのですが……。

 とはいえ、佐古さんはまた、「病」や「性」に関する壮絶な情念(?)の歌い手でもあります。またたとえば、「食卓の赤い林檎」に出て来る未来、過去、悔恨、希望などの語句や、「蝋燭」という作品は伊東を想起させますし、「丈高いカンナ」の「記憶」は、立原の「追憶」と並べて何か云いたくなります。それらを含めて長い引用を、ここではできません。
 

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