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(無題)

 投稿者:あるかんば隊のココペリです  投稿日:2017年 2月28日(火)19時33分21秒
  Morgenさま
嬉しいメッセージを、有り難うございます。ご一緒できますこと、とても嬉しく楽しみです。
会の終了後、宴になるのではと思っています。
『さんずいに酉(百薬の長とも言う)』の大好きな、先輩方も参加されますので・・。
一応、場所は考えています。雨にも会わず、良いお天気になることを願っています。
心温まる、菜の花忌になりそうです。どうぞよろしくお願い致します。

 
 

ご案内ありがとうございます

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 2月28日(火)10時56分46秒
   あるかんば隊のココペリさん。おはようございます。(お久しぶりです。)

 第9回「“三国ヶ丘ゆかりの詩人”伊東静雄・菜の花忌」のポスター写真は、コピー禁止が掛けられているため残念ながら転載できませんが、「参加費500円、先着50名様」とも書かれています。

 当日は、気温は15度Cと温かそうですが、雨が降りそうです。

 会の終了後、何処か(適当な店があるか?)でお茶(食事でも可)でも如何ですか?
 

3月5日 三国が丘で菜の花忌

 投稿者:あるかんば隊のココペリです  投稿日:2017年 2月27日(月)22時45分49秒
  皆さますっかりご無沙汰をしています。
ご健勝にご活躍のご様子、何よりです。
堺市三国が丘のけやき通りまちづくりの会の加藤保之様より、下記のとおり『伊東静雄菜の花忌』のご案内がありました。

開催日:2017年3月5日(日)
時間:午後2時~午後4時
場所:堺市立三国丘幼稚園(堺区北三国ケ丘町4-1-12)
講演:中野章子さま『文学の故郷 伊東静雄と野呂邦暢』
伊東静雄詩朗読、ミニコンサートなど

あるかんば隊の有志も、参加致します。
(13時に、南海高野線堺東駅東口に、集合です)

 私事で恐縮ですが、初代けやき通りまちづくりの会々長の竹内魁成さんと、共通の友人を介してご縁ができました。竹内さんのご案内で、堺市にある三好長慶所縁の南宗寺さんでの、連歌の会に参加させて頂いています。連歌の会でご一緒している長澤信子(旧姓山本)さんという方が、何と山本皓造先生の教え子であり同僚だったということがわかり、お互いにびっくりしました。

信子さんは初芝にお住まいで、美原と伊東静雄のことにも精通されています。堺市の歴史案内もされていて、当日はご参加頂き、諫早高校同窓会関西支部あるかんば隊の、案内役を引き受けていただくことになりました。相変わらず伊東静雄にいざなわれているのかな・・そんな想いになるミラクルなことが起こっています。


 

パロディ

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 2月24日(金)10時00分53秒
  おはようございます。今朝も冷え込みました。
さて、一読してニヤリとさせられる詩を見つけました。
皆様にも鑑賞して頂きたく、ご紹介します。

"
雨にも負けず 風にも負けず
野党の追及にも負けぬ
丈夫な心を持ち
表情なく決して怒らず
いつも心で笑っている

月に2日の出勤で一千万円をもらい
あらゆることを自分の勘定に入れ

よく見聞きし 分かり
そして大事なことは忘れ

霞ヶ関という
安全地帯にいて
東に天下り先あれば
自らそこに再就職し
西に別の天下り先あれば
斡旋してあげ

南に正義つらぬく人あれば
つまらないからやめろと言い
北に斡旋がバレると怖がる人あれば
大丈夫、問題ないと言う

国会答弁では反省するふりをし
国会の廊下をおろおろ歩き
皆に税金泥棒と呼ばれ
全く苦にもしない
そういう人に私はなりたくない
                            "
              鮎川 哲也              (週刊朝日2月24日号)
 

六月

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年 2月23日(木)14時56分38秒
   長い休暇をいただいて久しぶりに書く投稿にしてはまったく中味のないただのおしゃべりで申しわけありません。青木様の「誤訳から始まる…」に触発されて。

 水中花は fleurs d'eau というのだと(ランボーはそう呼んだと)いうことを知って、へえ、と思い、そういえばプルーストのはじめのほうにも水中花が出て来たな、と思って調べてみました。
 出て来るのは例の紅茶とマドレーヌのあと、第一篇第一部一の末尾なのですが、残念ながらプルーストは「このもの」に名前を与えていません。岩波文庫の吉川訳に水中花と訳注があります。プルーストは「日本人のよくする遊び jeu」といい、その実体は「小さな紙片 de petits morceaux de papier」というだけ。

 静雄の「水中花」が中也の“誤訳”から生まれたかどうか、これについてはわたしには何の智恵もありません。青木様のお調べを楽しみに待つことにします。

 内田百閒に「水中花」という文章があって、しかし題名にそうあるだけで本文中にはひと言も水中花のことが出て来ない、ふしぎな文章だ、というような投稿をいつかこの掲示板でした記憶があるのですが、わたしの記憶違いか。

 郷原宏『詩のある風景』(未来社)という古い本を読んでいて、「六月」について論じているのに出会いました。この六月は、水無月ではなくて、歴史的日付としての、1960年6月という、あの6月のことです。六月といえば樺美智子の死を思い出す、そのような精神的風土/季節が、かつてあったのでした。

 石原吉郎の詩集をめくていると「六月のうた」というのに行き当たりました(思潮社版現代詩文庫26)。でも悲しいことにわたしにはこの詩を解読できません。
 

文語訳と口語訳

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 2月22日(水)22時33分29秒
編集済
   みなさまこんばんは

 青木様の「誤訳からはじまる…」は面白く読ませていただきました。

 伊東静雄の詩「水中花」においては二通りの水中花が表現されています。口語文(前文)においては「哀れに華やいでコップの水の中などに凝としずまっている」水中花のことが言われており、文語体の詩文の中では、「六月の夜と昼のあはい(夜明け)」の澄んだ大気の中で金魚も一緒に水中花がきらめいています。(詩人の幻想・幻視) この二つは全く違っった印象を与える水中花ですね。

 先月22日の投稿で『ルバイヤット』の文語訳のスキャンを添付しましたが、今度は同じ訳者が口語訳を出されていますので、添付してみますのでご一覧ください。文語訳と口語訳では、全く違ったものに見えますね。

 
 

誤訳から始まる・・・

 投稿者:青木 由弥子  投稿日:2017年 2月20日(月)15時17分18秒
  春一番(二番?)が吹き荒れています。生あったかい、変な風です。春嵐です。

陶原葵さんという詩人/批評家/研究者の著書、
『中原中也のながれに』(2013思潮社)を読んでいて、面白いことを知りました。

中也が翻訳したランボーの一節に、誤訳があるというのです。
「飲み物」を「お魚」と間違えたとか。オモシロイのは、ここに水中花が出てくること。

中也の〝誤訳″の詩的イメージに触発されて、静雄の「水中花」が生まれた・・・
なんてことはないかしら・・・と思った、ものの・・・まだ詳細は調べていません。

静雄の「水中花」は、初出が昭和12年の『日本浪漫派』8月号。
中也が翻訳していた時期は、昭和9年9月から12年8月ごろ。
中原中也訳『ランボオ詩集』が公刊されたのが、昭和12年9月。

雑誌などに先に発表されていれば、静雄が読んでいる可能性はある、のですが・・・。
中也の「翻訳」そのものが、静雄の「水中花」に影響されて間違えた・・・というのは、
さすがにありえないかな、と思いつつ・・・
なんだか不思議な共通項を持っている詩だと思いました。

http://yumikoaoki.exblog.jp/

 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 2月 6日(月)13時08分20秒
  1月28日午後3時から,諫早図書館に於いて第108回例会を開催した。

第27回伊東静雄賞奨励賞を受賞した2作品が披露された。

千葉県柏市、渡会 克男さん  『ガッコのセンセ』。

滋賀県大津市、宮 せつ湖さん 『雪の葬列』。

会報は第102号。内容は次のとおり。

1 伊東静雄について 『対談』 田中克己×杉山平一
 『文芸広場』(第一法規出版) 談   田中克己(詩人、成城大学名誉教授)
                              聞き手  杉山平一(詩人、帝塚山学院短期大学教授)

2 日本浪漫派の思い出 ~才能競った多彩な同人~
                                                  亀井 勝一郎
                                     <読売新聞 昭和29年10月22日>

3 伊東静雄ノート(5)
                                                       青木 由弥子
                                             <千年樹 第68号>

4  詩 「夏」                                         森永 かず子
                                 <2016.10 あるるかん32号>

5 詩 「明るい帰郷者」
  自然は限りなく美しく永久に住民は貧窮していた-伊東静雄「帰郷者」

                                                      井川 博年

                                                           以上

次回例会は、2月25日午後2時から,諫早図書館に於いて開催。
 

静雄詩読解の方法とは・・・?

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 2月 5日(日)00時27分55秒
編集済
   私も、学生時代に『伊東静雄詩集』や小高根氏の『詩人、その生涯と運命』などを読んではみたものの、充分に理解できないまま、静雄詩の読解を宿題として残していました。
 それから30数年経って、仕事も少し閑職(?)に替ったのをきっかけに、伊東静雄詩に関する各種の解説書や批評などを、手当たり次第に集めまくって読んでみました。その頃からすでに約15年ほどが経ってしまいましたが、充分な読解の域に達しているとは申せません。

「詩の実作者でもなく、研究者でもない者は、伊東静雄詩をどのように読解していけばよいのか?」という設問に対して説得力があると思われたのは、『痛き夢の行方 伊東静雄論』(田中俊廣著 日本図書センター 2003年刊)でした。少し長くなりますが、同書65頁から引用してみますのでご一読ください。

「その詩業が、戦前・戦中・戦後の時代と重なり、思想の変遷が著しく、高踏的で激越な作風から出発した伊東静雄については、様々な観点や立場から読解が試みられている。当時の社会情勢と照らし合わせる方法、生い立ち環境を重んじる方法、日本浪曼派の思相と比較論証する方法等、それぞれに論理にも整合性があり、読者を一旦は納得させるのであるが、同時に心のどこかにもの足りなさが残ることも少なくない。それは、作品論が充分に精緻に展開されないままモチーフや発想を論じているところに原因があるように思われる。どのような論旨を開示するにせよ、ひとまず作品全体を構造的に掌握したり、文脈を丁寧に辿ることは、欠くべからず基礎的な作業ではなかろうか。・・・・・」

 これだけの短い引用文ではあまり説得力がないでしょうが、詩句の意味を手っ取り早く理解しようと焦りすぎるあまり、田中俊廣氏がおっしゃる基礎的な作業を疎かにしてきたのではないかと反省しました。「詩作という行為が自己の生を支え、切り開いていく唯一の手段であった」という伊東静雄にとっての深刻さを念頭に置きながら、静雄詩を吟味していくことができればと思っております。またのご投稿をお待ちしております。
 

「詩人伊東静雄 」再読

 投稿者:dufysato  投稿日:2017年 1月31日(火)11時18分0秒
  小高根 二郎の『詩人伊東静雄 (1971年) (新潮選書)』を40年ぶりくらいに再読しました。内容は殆ど忘れていましたが、伊東静雄の詩と実生活の関連がかなり強調されすぎているなとの、感想でした。
無論詩作には詩人の実生活が色濃く反映するでしょうが、作品としての「詩」の鑑賞、解釈はもう少し別物でもいいとも思います。次は、杉本秀太郎の本を読み返します。
 

ルバイヤット

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年 1月30日(月)07時36分54秒
  おはようございます。
なんだかばたはたしていて、拝読するばかりになっておりますが・・・

夏花のルバイヤットの一節をパソコンに打ち込むとき、無意識に さて音もなく と打ち込んでいて・・・後で、あ~?と思って修正しました。
口ずさんでいるうちに・・・なるほど。

わがひとに与ふる哀歌 の中の 音なき空虚 が強烈なインパクトとしてあるのですが・・・誰一人いない、そんな孤絶の空間は、シーン、とすべての音が消え去った空虚だったのかな、静雄にとって・・・
その人の 心の歌 自然の奏でる音楽 そうした心の耳に響いてくる音や歌が聞こえない、そんな状態を、空虚、と感じていたのかも知れないなぁ、と思いました。
 

映画『沈黙』―サイレンス―を観て

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 1月30日(月)00時28分18秒
  話題となっている巨匠マーティン・スコセッシ監督渾身の超大作映画『沈黙』―サイレンス―を観てきました。

 言うまでもなく原作遠藤周作『沈黙』の2度目の映画化であります。舞台となっている長崎県としては、「ながさき旅ネット」で宣伝活動を行い、「遠藤周作文学館」も「聖地巡礼マップ・『沈黙』の舞台・長崎をめぐる」などのキャンペーンを展開されています。

 撮影舞台も長崎かと思っていたのですが、実は台湾だそうです。荒波をかぶる海岸風景や「雲仙地獄」などの映像も迫力があります。原作とは、エンディングが少し違いますが、(私はクリスチャンではありませんので踏絵についての詮索などはせず)約3時間近い超大作映画『沈黙』―サイレンス―をひたすら鑑賞しました。

 この映画では、原作通り「神の沈黙」をテーマとしながらも、「棄教者」となっしまった最後の司祭ロドリゴもまた、言葉にならない祈りを心のなかで奉げ続けることによって「沈黙」を守り、死後は天国へ召されたであろうことがエンディングで暗示されています。

 『沈黙』の舞台・長崎をめぐるツアー客の流れが、諫早にも立ち寄っていただけたらいいのにと思います。(「ながさき旅ネット」へ諫早市も参加されることを期待します。)
 

『散歩道にて』

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 1月22日(日)01時02分12秒
編集済
   わが家の梅の花(盆栽)や椿(玉之浦ほか)がちらほらと開き始めました。例年は既にメジロが飛んできているはずなのですが、姿を見せません。最近野良猫が増えたせいでしょうか。寒さの中にも確実に春が近づいているのだと感じつつ、淀の河邉をロードバイクや徒歩でうろついています。

 庄野潤三さんの随筆集『散歩道から』(1995年 講談社刊)によると、毎日1万5千歩くらい歩くのを目安にして、多摩丘陵を散歩されたと書いてあります。(庄野さんは脳内出血で入院され、退院後散歩を始められたのだそうです。)

 同書108頁~127頁に「森亮さんの訳詩集」と題する「新潮/’91・6」同書では一番長い文章が収録されています。
 これには、『ルバイヤット』の「さて音もなくつぎつぎに」が、どうして『詩集夏花』では「さても音なくつぎつぎに」となったのかについて、「『ルバイヤット』からいちばん好きな四行詩を選んで口ずさんであるうちに、どうかした拍子に、すり代ってしまったのだろう。・・・」と書かれています。

 私も念のため『コギト』を書棚から引っ張り出して、埃を払って第一歌~第七十五歌まで全部を読んでみました。『ルバイヤット』の原作者は古代ペルシャの天文学者、数学者のオーマー・カイヤムですが、その思想に共鳴した19世紀の英国フィッツジェラルドは、これを極めて自由に英訳しました。大学出たての森亮さんも、「運命のまにまに生き且つ死にゆく人生のはかなさを歌い、その憂さを晴らせとばかり享楽を勧めるたぐいの思想詩」として和訳され、まさに森亮節とも言えそうな調子の良い訳詩集になっています。
 第一歌~第七十五歌や「注解」を読んでみて、そのことが良く理解できました。
 

同時代人として・・・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 1月18日(水)23時55分33秒
編集済
   龍田様ご紹介の池内 紀『亡き人へのレクイエム』を読ませて頂きました。ついでに、書店にあった川本 三郎『物語の向こうに時代が見える』(2016.10.25 春秋社刊)も購入して読みました。同書には、(Ⅱ「街」と「町」さす光と影―「鳥たちの河口」とミステリー―野呂邦暢論)が収録されています。

 まず、『亡き人へのレクイエム』の著者池内氏は、1940年姫路市生まれで、次のように書かれています。(同書219~221頁要約)
 「私には野呂邦暢は三歳年長にすぎない。だからしたしい同時代人として読んだ。自分に代わって自分の何かを語ってくれる人、大切な何かを共有して、実践で示してくれた人。作家として以上に一つの人格として記憶に刻まれている。」それは、「彼がまた半ばは自分であったからだ。」(「もっとも感受性の鋭い時に戦争を知り、自分がたまたま死をまぬがれたことを、たえず考えながら成長した。だからこそ新しい生命を発見しなくてはならず、文学はまさに新しい生を証明するものとして書かれ、甦りの花として同時代人に提出された。」)
 池内氏は、そんな深い思い入れをもって、野呂邦暢の随筆や小説の成立ちを分析しておられます。

 『物語の向こうに時代が見える』の著者川本氏は、1944年東京生まれ、「『わが町の物語』は私見では、野呂邦暢の諫早ものに始まっている。小さな町から世界を、普遍をとらえる。野呂邦暢の『鳥たちの河口』は、その意味で大事な作品となった。」(同書「まえがき」)と書かれています。
 また、野呂小説には「ミステリ小説の味わい」があることを説明されており、野呂が好んだという鮎川哲也氏は「なお聞くところによると、氏には推理長編の腹案があったという」と書いておられるそうです。川本氏が1977年に新人として出された映画エッセイ集『朝日のようにさわやかに』(筑摩書房)を、「今年の成果」の一冊として野呂邦暢に推賞されたことなどが書かれています。(同書134~137頁)

 そういえば、ノーベル文学賞を贈られたBob Dylanも1941年生まれで「同時代人」です(私もまた同じく)。流浪の歌人として(あるいは池内氏の言われる「孤独の遊牧民」の如く)、世界中を歩きながら今なお膨大な量の歌を創りつづけていますが、彼もまた同時代人として「大切な何かを共有して、実践で示してくれた人」と言えるかもしれないなどという思いが、私の脳裏をふとかすめました。
 

お知らせ

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 1月10日(火)16時22分17秒
  いよいよ寒波到来のようです。

池内紀著、『亡き人へのレクイエム』(みすず書房)は、皆様読まれましたか。

"したしかった人、何度か会っただけなのに忘れがたい人、本を通して会った人。出会いのかたちはそれぞれ、でもずっと大切な存在である人々について、時代と生活に思いを馳せながら、歩いたあとを辿るように書く。"

須賀敦子、川村二郎、米原万里、岩本素白、丸山薫、野呂邦暢ほか28名が登場します。

野呂邦暢の項が、最も多くの頁を割いてあります。
著者の思い入れが一番深かったのでしょう。

野呂さんが伊東静雄について言及した随筆にも触れられています。
 

お知らせ

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 1月 6日(金)10時45分14秒
  おはようございます。今日は快晴です。
ヒヨドリの群れがかしましく、ウグイスのささ鳴きがしきりです。
寒に入り、日差しが強くなってきました。

今年も宜しくお願いいたします。

さて、伊藤桂一先生の新刊「螢の河」が文庫版で出版されました。
光人社NF文庫、定価850円です。
帯には、追悼 伊藤桂一 とあります。

"兵士の日常を丹念に描き、温かく深い感動を伝える戦記文学の傑作短編"
第46回直木賞受賞作品 朝日新聞『天声人語』で紹介

いよいよ21日、遠藤周作原作の映画「沈黙」が公開されます。
今、外海の出津教会辺りでは、水仙の香りが漂っていることでしょう。
 

酉どし

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年 1月 5日(木)14時47分47秒
   皆様 あけましておめでとうございます。
 今年の年賀状は、石上神宮の鶏の絵にしました。
 すると、昨日の夕刊(朝日)に、紹介記事とともに、写真が載っていました。
 おお、慧眼!(好きですね)
 掲示板読者の皆様に、年賀状をお送りします。
 

酉年の始めに・・・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 1月 4日(水)23時35分42秒
編集済
   明けましておめでとうございます。 ぽかぽかと穏やかな正月3が日でしたが、皆様、健やかにお過ごしになられたでしょうか。私は、自宅の大掃除をやっと済ませて、大晦日からの「大町温泉郷連泊ツアー」(北アルプス麓)に参加し、帰ってから孫ら一同と食事会をして、あっという間に休暇が終わり、明日から仕事始めです。

 先日、映画「海賊とよばれた男」を観ました。
 内容は、出光興産創業者の出光佐三氏(福岡県宗像郡赤間村出身)をモデルにしたといわれる主人公・国岡鐵造が活躍する歴史経済小説。敗戦の焼け跡から立ち上がる諸先輩たちの力強い姿が描かれています。石油の将来性を見抜いていた国岡鐡造は、北九州の門司で石油業に乗り出しますが、国内の販売業者や欧米の石油メジャーなど、様々な壁が立ちふさがります。それでも諦めないきれない鐵造は、型破りな発想と行動で自らの進む道を切り開いていきます。やがて石油メジャーに敵視された鐡造は、石油輸入ルートを封じられてしまうが、唯一保有する巨大タンカー「日承丸」を秘密裏にイランに派遣するという大胆な行動に出て、民族系石油販売業の船出を高々と宣言します。(WEB上の文章を一部拝借)
 その中で「ルソン島のジャングルをさ迷い歩いた俺達には、こんな事ぐらいなんでもない。」と頑張る男たち。「お前は熱量が足らんのだ!」と、旧将校を叱り飛ばす国岡鐵造のすさまじい気迫など、数々のシーンや台詞が印象に残りました。(原作では「君の真心が足りないからだ。」ですが、映画では最近のはやり言葉「熱量」に変わっている。)

 昨年は、ヨーロッパで猛威を振るったポピュリズムの大波が、遂にアメリカへ飛び火し、世界中が驚かされました。何れの国民も「超高熱量」を秘めた型破りのリーダーに自国の生き残りを託さざるを得ないところまで追いつめられているのだというナショナリズムの今日的な姿が露わになったのだと私は見ています。(日本にもその端緒はある。)

 身の回りを一瞥しても、「高火力コンピューティング」の推進~「超高火力」のスパコン導入、人間の能力を超える「人工知能」(AI)開発など、目の眩むような事業環境の変化が、今年はさらに加速されそうです。「高火力・高熱量化」を推進する若者たちの熱い躍動に取り残されないように、(己の年を忘れて)私なりの精一杯の「熱量」を発揮して、(せめて腰が引けないように)前を向いてついて行たいと思います。(“ドンキホーテじみた年寄りの年頭の決意”とお笑いください。)

 皆様、今年も相変わりませず投稿を通じてお付き合いいただきますようお願いし、どうぞ健やかな一年をお過ごしくださるようお祈りいたします。(写真は私の年賀状に載せた酉です。伊豆の動物園で撮影。)
 

昨日の投稿

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2016年12月29日(木)12時08分22秒
  クラリモンドは、ラテン系の女性の名前かもしれない、ということでした・・・その後の調べで、わかったことだそうです。
記事の編集がうまく出来なかったので、投稿で訂正します。
 

詩の妖精

 投稿者:青木 由弥子  投稿日:2016年12月28日(水)13時22分34秒
  山本さま

窓ふきを終え、一休みです。
作者がどこからイメージを得たか。それが、どのように変容して、詩になっていくのか。
それが読者に、どのように伝わって行くのか・・・その変化やずれや広がって行く空間に「読む楽しみ」があるような気がしていて、勝手に面白がって読んでいます。もちろん、「研究」の場合は別、ですが・・・。

くらり、くらくら・・・する mondo めまいのするような、それでいてどこか明るい語感だなあ、などなど・・・。

『びーぐる』28号の石原吉郎特集で、『詩と思想』の一色真理編集長も論考を寄せていました。
「クラリモンド」は、ロシアの極東地方によくある人名だそうです。(モデルがいるのかも。)
クラリモンドが目をつぶり、その心の中で「肩の上に乗る白い記憶」がさらに目をつぶり、その記憶の中でまたクラリモンドが目をつぶる。これはマトリョーシカ人形のようだ、と評していて、おお!と感嘆。
シャワーのように降り注ぐ記憶、というのも、物凄いイメージ(体感)ですが、感覚的によくわかる。(こういう、エエッという驚きと、なるほど!と他者に容易に伝わる表現を見つけたいです)
一色さんは「ママレードには愛が」、の一節に(音の響きから呼び出される)「ママ」と過ごした幼年時代を見ていて、もちろんそれが「正しい」かどうかはわかりませんが、素敵な解釈だな、と思います。「赤とみどりの/とんぼがえり」はサーカスのピエロ、空にたなびくリボンはサーカス小屋のイメージ。一色さんは「白い記憶」は白い帷子を着た死者の暗喩と読んでいて・・・サーカス小屋に張られたロープの上で、自転車の曲乗りをしているピエロが肩にシベリアの死者を乗せたままとんぼがえりをしている、という光景を導いていく。独自の解釈ではあるけれど、こうした振り幅(解釈の多様性、多義性)を許す詩だからこそ、谷川俊太郎が石原吉郎の詩は、説明できないけれど、これは詩なんだ、と評価したのだろうと思います。

目をつぶって、内へ内へと入り込んでいくと見えて来る幸福な光景・・・あるいは、目をつぶり、外側の現実から内へ内へと遠ざかって行かなければ辿りつけない、幸福な場所・・・シベリアでも心の内部にしまい込まれ、失われることのなかったもの。心の中の青空の下でリボンがたなびく場所。陽性の詩の妖精、クラリモンドが躍動しているその「場所」が、堀辰雄や立原道造の詩に敏感に反応し、石原に詩を生み出させる現場となったのではないか、などと思っています。

http://yumikoaoki.exblog.jp/

 

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