teacup. [ 掲示板 ] [ 掲示板作成 ] [ 有料掲示板 ] [ ブログ ]

 投稿者
  題名
  内容 入力補助画像・ファイル<IMG> youtubeの<IFRAME>タグが利用可能です。(詳細)
    
 URL
[ ケータイで使う ] [ BBSティッカー ] [ 書込み通知 ]

スレッド一覧

  1. 返信ありがとう(0)
スレッド一覧(全1)  他のスレッドを探す 

*掲示板をお持ちでない方へ、まずは掲示板を作成しましょう。無料掲示板作成


良いクリスマスを

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年12月25日(月)15時00分30秒
  皆さま お元気ですか
我が家のお向さんは、フランチェスコ会系の女子修道院です。
御御堂が併設されていて、階段を昇っていくと、踊り場に板絵の磔刑図の複製がさりげなく置かれています。
十字架上で、にこやかに大きく目を見開いた、アルカイックスタイル。
ルネサンス期には、稚拙と揶揄された中世の名残を残すスタイルですが・・・ビザンティンのギリシア風の洗練とは程遠い、子どものアニメのような、ユーモラスで生き生きとした躍動感のある表情は、死に打ち勝つ、というメッセージ性よりも、生きる喜びをそのまま体現しているように見えます。

サン・フランチェスコが、その前で一心に祈り、教会を建て直しなさい、という声を聴いた、奇跡の十字架。サン・ダミアーノの磔刑図。ぼくとつなフランチェスコが、真に受けて本当に煉瓦を積んで教会の修復を始めた、というエピソードと共に、純朴になにかを信じることの「歓び」を思い出させてくれる絵です。

山本さんの、シニフィエとシニフィアンの双方向性、エネルギーの往還するようなイメージに共感しつつ・・・名指すこと、によって立ち上がる空間もあると共に、名指されること自体が呼び寄せられる、そんな切実さに駆られることもあるように思います。

詩に呼ばれるのか、詩を呼び寄せるのか。

素敵な聖夜をお過ごしください。
 
 

このあいだ迄と、このごろ

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年12月25日(月)14時40分38秒
  ▼石原と香月の「談話」のつとめが終わって、縛めを解かれたように、ベッドの枕元に積み上げた未読本を片端から乱読していたのですが、先日、またアマゾンに10点ほど注文しました。注文品は、あっけなく、すぐ届きます。昔、アタマのなかに探求書のリストを詰め込んで古本屋まわりをして、目指す本に行き当たった時の歓喜感激や、その後ジュンク堂とかができて新刊書はほぼ行けば手に入るようになり、収穫を小脇に抱えて店内の喫茶コーナーに座り、タバコをくゆらしながら、本の手ざわりを楽しみつつページをめくる至福……ああいうものがなくなってしまいましたね。

▼中野章子さんがブログ「朱雀の洛中日記」で、石牟礼道子さんの『春の城』のことを書かれていました。注文品とともに900頁の大冊が届きました。石牟礼道子さんはわたしの8歳年上、わたしが講談社文庫版の『苦海浄土』を買って読んで震撼させられたのはたしか1973年で、まだ30台、その後も節目の著作はほぼ読んできたと思います。石牟礼さんが天草の乱を取り上げられたのは、いわば当然であり必然という気がしますが、その気迫とボリュームには圧倒されます。わたしが切支丹史蹟探訪のために島原半島をはじめ九州各地を歩いたのは40台に入ってからですが、石牟礼さんの「草の道」は、おそらくわたしもそれを歩いた道であり、そんなさまざまな回想にひたりつつ、この大冊を手に取るのは、「去年今年」を貫く大きな歓びとなるでしょう。

▼大岡信『うたげと孤心』(岩波文庫)は、手にとって二、三頁を読んだときにすぐ、ああ、これは名著になるな(わたしにとっての)と直感しました。これは、ゆっくりと――始めがあり終わりがあって今このあたりを読んでいる、あとこれだけ、という〈クロノス〉的な読み方ではなく、今読んでいるこの頁に歩みを合わせて、寄り添うように、〈純粋持続〉風に、〈カイロス〉風に、味読をしたいと、今はまだ寝かせてあります。もう一冊、大岡さんの『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(同)、これは実は重複でした。今年買って、読んだのもそんなに以前ではありません。届いた現物を見て、「わっ、やった」と苦笑。そういう「重複本」がもうすでに何冊あだろう(3冊同じのがあるのもある!)。それらは老人となる以前からの堆積です。笑止です。

▼ソルジェニーツィン『収容所群島』、新潮文庫版の第1冊だけ買って先日読了しました。石原関連の一冊。『イワン・デニーソヴィッチの一日』はすでに読んだのですが、『収容所群島』は、わたしが古書検索をしたときはなぜかやたらに高価で、全6冊を一度に揃える気にならず、とりあえず、と思って一冊だけ買ったのです。あと5冊、あの「群島」の暗くて陰惨で滑稽で不正で残酷で……を読み続けるのは楽しい仕事ではないけれども、結局わたしは、ぼつぼつと残りを買い揃えて読むことになるでしょう。

▼熊野純彦『レヴィナス』(岩波現代文庫)。野村喜和夫氏の『証言と抒情 詩人石原吉郎と私たち』は、その論の多くをレヴィナスに負っています。レヴィナスは、ちょうど日本語での翻訳や入門書や研究書が出始めた頃にわたしも何冊か読んで、知ったかぶりをしてその名前を拙稿「伊東静雄初期詩篇論」に引いたりしたのですが、正直なところは il y a などの語句を読みかじっただけでした。熊野さんのものはその前に『レヴィナス入門』(ちくま新書)を読み、そして今回のものを読んだのですが、これもやっぱり難解でした。レヴィナスは難解で野村の論証はついて行くのがむつかしく石原の詩はうまく解読できない。

▼小柳玲子さんの名前は、詳細な石原年譜を作成した人として知っていましたが、『サンチョ・パンサの行方』(詩学社)は、おもしろかった。詩論でも評伝でもなく、これは(「ロシナンテ」のころ以来の)詩人たちの回想記、とでも言えばよいか、読んで行くうちに「私が小学四年生の時、終戦になって……」おやおや、それではわたしと同い年ではないか。読み進むと、井川博年さんの名前が出て来て、また、おやおや、と思いました。

▼それでは皆様、どうかよいお年をお迎えください。
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年12月21日(木)10時55分32秒
  11月25日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第116回月例会を開催した。
会報は、110号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「中心に燃える」「夏の終わり」「帰路後」

会報はつぎのとおり。

1  静雄ノート (9)                      青木 由弥子
                                「千年樹」72号から転載

2 評論 「伊東静雄の花と雪 2」                      饗庭 孝男


3 詩  「三途の川」                  平野  宏


4 はがき随筆 「モクセイの匂う頃」            龍田 豊秋
                            <2017.11.16 毎日新聞掲載>

5 野口寧斎 優れた文人 生誕150年記念文学祭
                               <2017.11.12 長崎新聞掲載>

6 詩 「長崎まで」                     野崎 有以
                             中原中也賞受賞


                                          以上

今朝は、今冬一番の冷え込みで、霜が降りました。
明日は冬至です。
 

藤山増昭詩集『命の河』

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年12月19日(火)16時59分28秒
編集済
   藤山増昭詩集『命の河』が出版されたというご連絡を受け、早速購読しました。

 同詩集には、昨年の伊東静雄賞を受賞された「四月の雨」も載せられています。

 帯に書かれた以倉紘平氏の次の言葉が、この詩集の特長を言い尽くしています。

 ―「作者は選ばれて、いのちの河の秘密を覗き見たのではなかろうか」


 “「暗闇」~「ここに在るということ」”

(2週間の昏睡状態という)「暗闇」の真ん中で、
「わたし」というかすかな意識が、「今確かに暗闇にいる」ことを気付く。

 感覚のない闇の中から、「外燈に似たうす黄色い灯りが滲んでみえた」

「風が吹きわたる生の入り口!」

 寄せては返す波のように、生の入り口へ抜ける「目覚め」のあがきの繰り返し

 やがて顕われる「救命室の白い天井の灯は なつかしい蜜柑色だった」

 こうして「わたし」の意識が起動力となって、暗闇のなかから蘇った詩人は、
 「億年を繋いで風のように流れる“命の河”]その一齣の「わたし」
  ―「雫である自己という存在」を認識するに到る。(「ここに在るということ」)

  ―普遍的な「命の河」の粒子である「ひとつひとつの命」の愛しさよ!!

 感動の絶唱です!!!

    CF:<―いま入海の奥の岩間は
      孤独者の潔き水浴に真清水を噴く―>(伊東静雄「漂泊」より)を想起。

 どうか皆様ご一読ください。

 発行所 株式会社編集工房ノア/テ531-0071
                大阪市北区中津3-17-5
                電話06(6373)3641
 
 

詩的言語の生成

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年12月 6日(水)12時32分14秒
   ずいぶん長らくごぶさたをしました。
 「桃谷談話会」で今回私が「石原吉郎と香月泰男」をテーマに話をすることを引き受け、2ヶ月ほど準備に没頭して、それがこの3日の日曜日にようやく終わりました。私の談話は時間が大幅に不足して、なんとも中途半端に終り、大いに悔いを残してしまいました。そもそも私が石原吉郎について語るということ自体が無謀のきわみなのですがそれはもう云わぬことにします。そうして、ひとつだけ、席上、私が絵を描いて話したことを、投稿の形で皆様に見ていただこうと思います。


 「心」というものがあるとします。はじめ、その心の中に、もやもやとした、なにか気がかりのようなものがあって、次第にざわめきのようなものに変わり、あたかも宇宙生成のときの塵がだんだん凝り集まって星のモトをつくるように、あるまとまりを作りはじめますが、まだ形も定かでなく、ましてやそのものを呼び表わすべきコトバもありません。詩人は〈そのもの〉を呼ぶべく――それこそ意識の暗黒部との必死な格闘を行いつつ――〈コトバ〉を探します。
 言語学の用語を借りて、〈コトバ〉を signifiant、〈そのもの〉を signifie と呼ぶことが許されるでしょう。

 石原に「陸軟風」という詩があります。はじめ、「気配」のようなものが萌し、それは「風」と感じられ、最後にそれは「望郷と呼んでもいいだろう」と結ばれます。
 多くの場合、signifiant は、はじめて名付けられたコトバとして、〈喩〉の形をとるでしょう。(図1)

 次の事柄は多分、誰も言ったことがなく、おそらく、詩に無知な素人のたわごとと云われるかもしれないが、とことわりつつ、石原の「夜の招待」を取り上げて、こんなことを云いました。通常、signifiant は、能記としてこちら側から、ある名前のないものに名前をつけようとするのだが、時に signifie のほうから、いわば突然それがはじけるようにして、signifiant を、コトバを、飛び出させることがあるのではないか。なにか〈夜〉にかかわる、あるもやもやしたものがあり、あるとき突然、〈そのもの〉がはじけて〈コトバ〉をはじき出す(図2)。「ぴすとる」「かあてん」「連隊...せろふあんでふち取られた」「ふらんす...すぺいん」・・・
 これらのコトバがどのような脈絡を持つのか、それは「心」に聞いてみなければわからない。ただ、この詩がもしこのようにしてできたとすれば、それを「散文にパラフレーズする」のは不可能であろう、ということは、自ずと了解されるのです。
 

第28回 伊東静雄賞について

 投稿者:伊東静雄顕彰委員会  投稿日:2017年11月29日(水)19時25分17秒
  優れた現代詩に贈る第28回伊東静雄賞は、国内外から1098篇の作品が寄せられ、平野宏氏、田中俊廣氏、井川博年氏、以倉紘平氏による選考の結果下記の通り決定いたしました。

  伊東静雄賞 正賞 賞状・副賞 50万円
     「きょうだい」 山之内 勉氏 鹿児島市在住

  贈呈式
      開催日時 平成30年3月25日(日) 菜の花忌終了後
      開催場所 諫早市 諫早観光ホテル 道具屋

尚、伊東静雄賞受賞作品及び選評、並びに佳作49篇の作者氏名は、諫早市芸術文化連盟誌「諫早文化13号」(平成30年4月発行)に掲載致します。
                               伊東静雄顕彰委員会              
 

映画『笑う故郷』

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年11月20日(月)15時56分54秒
編集済
   生憎の雨、紅葉見物の予定が映画鑑賞になりました。
 観たのはアルゼンチンとスペイン合作『笑う故郷』ー原題『名誉市民』。その解説には次のように書いてあります。

 「ノーベル文学賞を受賞したスペイン在住の作家ダニエルは、故郷の田舎町からの招待を受けて、30年ぶりに、はるばるアルゼンチンに帰郷する。予告編では、国際的文化人の帰国で歓迎ムードかと思いきや、故郷の住人たちのダニエルに対する嫉妬、酷評、侮蔑が渦巻き、予期せぬ出来事に巻き込まれる作家の姿をユーモラスに切り取っている。」

 南米チリとアルゼンチンは、南北に長く国境を接する国ですが、古来隣国同士対抗心が強く競り合ってきたそうです。ノーベル文学賞受賞者は、チリからは2人も出ているのに、アルゼンチンからは零、これが悔しくてアルゼンチンの片田舎からノーベル文学賞受賞者が出たらどうなるかという「ブラックコミック映画」を作ってみたら、これが国際的なヒットを獲得したといういわくつき。面白く肩が凝らないので、お近くの映画館で上映されたらご覧下さい。(実は、コロンビアのノーベル文学賞受賞者であるガルシア=マルケスとその出身地アラカタカをモデルにしたのだという解説もあります。)

 私が驚いたのは、空港から車で7時間かかる田舎町ですが、携帯電話の「自撮り」が大流行で、主人公は一緒に写真をとりたい人の渦に取り巻かれます。アルゼンチン料理は、羊頭の丸焼きなどオーバーめに表現されてはいるのでしょうが、われわれ「文明人」にはとても食べられそうもありません。
 この映画には、スペインやヨーロッパにに憧れや妬みを抱くアルゼンチン国民の気持ちや裸の姿が、アルゼンチン人自身によって描かれているのではないかとも思いますが、“個性と多様性”と特徴づけられるラティーノ(ラテンアメリカの人々)の感じ方や行動パターンが、私はほとんど認識できていないようです。
 この映画の印象を一言で言えば、「一見親しみやすく、人なつこいラティーノの表情の下にかくされている殺意」という“ブラックコミック”でしょうか。

 
 

野崎有以(あい)詩集『長崎まで』-第22回中也賞受賞

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年11月16日(木)13時23分17秒
編集済
  時々、本格的な冬のような木枯らしが吹き始めましたが、お元気でしょうか。

・・・・・・・・・
路面電車で眼鏡橋近くの電停まで行って「長崎詩情*」を口ずさむ
私の生まれた冬がない
なかったら作ったらいい
作ったらいいんだ

長崎本線から見える有明海の夕日がまぶしくて両手を顔の前で広げる
まぶしいからだけではない
身体を透かすほどの純粋な抱擁があった
瞬きのたびに無数の夕日の粒が海に降る
様々な光りかたをする粒が輝きとしてそこに存在する
こうしていつかの夕日の一粒として
私は生まれた
・・・・・・・・・・・・
              ―詩集『長崎まで』89~90頁から抜粋
*内山田洋とクールファイブ「長崎詩情」

昼休みに覗いた書店で、“野崎有以(あい)詩集『長崎まで』”という表題を見てこの本を買いました。(中村稔『言葉について』も同時に購入しました。)

 「あとがき」によると、詩人野崎有以(あい)さんは東京の人で、一度も長崎には行ったことはないが「長崎は私の未踏の故郷だ」そうです。
「野崎有以というのは本名で、有は有明海から一文字もらった。“東京がだめだって私には長崎がある”、そう思って生きてきた。“あい”という音で正しく呼ばれるもうひとりの私がどこかにいるような気がしていた。有明海のまわりにその子がいる、そう信じていた。詩を書くことはもう一人の私に会いに行くことを意味している。生きていく過程で手放してしまったもの、取り上げられたものを詩によって取り戻そうとした。私の書く詩の多くが有明海のある九州を舞台としているのはそのためだ。・・・・・」

 戦後現代詩史を飾る著名詩人達の詩に歌われた「わたし」は、伊東静雄や三好達治の「わたし」よりもさらに複雑な情念を持っていると、90歳の現役詩人中村稔氏は書いておられます(青土社『青春の詩歌』序文)。

 野崎有以さんの「わたし」や「故郷」も、フィクションを駆使して自由に転開し躍動する「わたし」であり、また私の「半身」が有明海の辺りにいると幻想することにより、有明海が「詩のポトス」となっています。
 野崎有以さんの詩には、クールファイブ・前川清の歌から着想を得たと注釈されている詩があります(「前川清さんが、言葉を自分の歌として唄うときの誠実な姿勢にすごく惹かれたんです。」『現代詩手帳』2017July)。
 100頁足らずのこの詩集をつい一気に読んで終いましたが、随所で「捻った」表現がされているので、もう一度ゆっくり再読・吟味してみたいと思っています。いわゆる「ガチ現代詩」ではない、いまどきの若者の「自由で躍動的な現代詩」(詩語を用いない詩)のサンプルを見ているような気がします。

 長崎の皆様方も、風邪を引かないようにご自愛ください。
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年11月15日(水)13時28分40秒
  霜月となり、冷え込んで来ました。
皆様、ご健勝でお過ごしでしょうか。

10月28日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第115回月例会を開催した。
会報は、109号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「雲雀」「訪問者」「詩作の後」

会報はつぎのとおり。

1  評論 「感じるままに」  諫早の文人について          小滝 英史


2 「わたしの詩作」                                    青木 由弥子


3 「伊東静雄の初期作品と風土」             上村  元


4 井川 博年『夢去りぬ』 を読んで          野崎 國弘


5 「老いの坂」                         井川 博年
                     (『夢去りぬ』の巻末所載詩から抜粋)


6 詩 「独りごと」                     山田 かん


7 詩  「死者は雲になる」               池田 幸子

                    ※cloud   (IT用語で雲)  海峡派第140号

8 評論 「伊東静雄の花と雪」                          饗庭 孝男

                                          以上


上山公園にある、野呂邦暢文学碑の周りもすっかり秋めいて参りました。
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年10月17日(火)16時11分43秒
  ようやく平年並みの気温となり、秋の到来です。
上山公園にある「野呂邦暢文学碑」横の金木犀は、いつの間にか咲き終わっていました。銀杏は少し色付いてきました。

9月23日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第114回月例会を開催した。
会報は、108号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「誕生日の即興歌」「野の夜」「夕映え」

会報はつぎのとおり。

1  井川博年さんの詩集『夢去りぬ』(思潮社)が、第24回丸山薰賞に決定しました。
    井川さんは、「少年時代から憧れていた丸山薰の名前を冠に頂く文学賞を受け、夢のようであり、
   最高の喜びです。」とコメントされています。
                                              <東日新聞 2017.9.13>

    詩 「二百年」                          詩集『夢去りぬ』より

2 「あゝ暗」                                           岩坂 恵子
                *伊東静雄の詩  「春浅き」から
                *尾形亀之助の詩 「序 二月」から
                                       夫は、詩人・作家の清岡卓行

3 玖島桜に会いたくて(大阪市北区造幣局の通り抜け桜)       志田 静枝

                                           2017年「秋桜」21号

3 諫早の詩人 上村肇 この一篇 「雪」              松尾 静子

                                        平成29年「子午線」122号

4 詩 「風が起つ」                                   村尾 イミ子

                                        平成29年詩誌「真白い花」17号

5 詩 「精霊流し」                          宮城 ま咲

                                         西九州文学39号より

6 「海鳥忌」 没後11年

  上村肇の詩数編を朗読し、個人の在りし日を偲びました。
                                          以上

    伊東静雄の詩「なれとわれ」を想起させる情景を探りました。
     なつかしき山と河の名...
 

実りの秋

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年10月 3日(火)12時44分36秒
  皆様、お元気ですか。モルゲン様、拙詩集をお読みくださったとのこと、本当にありがとうございました。

『詩と思想』の編集に関わるようになって・・・学ぶことが多すぎて、頭の中、ひっちゃかめっちゃか、です(・・・大学生の頃、ひっちゃかめっちゃか、と言って、どこの方言?と笑われたことがありますが・・・埼玉の方言、なんでしょうか・・・)

一年に一回か二回くらい、「責任編集」の仕事が回って来る、と思っていたのですが、流れで11月号を手伝うことになり、12月号の「文月悠光」さんをお迎えしての座談会は、もともと、私が企画した案なので、まあ、同時進行でバタバタしており・・・1,2月合併号の「年鑑号」でも、いろいろと仕事があったことを知り・・・五月号を担当する、はずだったのですが、寄稿者などとの兼ね合いというのか、諸事情、ご都合、その他鑑み、ということで、三月号に前倒し、ということになって(まあ、私がお願いして、そうしてもらったので、忙しいとも言っていられないのですが)なんでこんなに毎日走っているんだろう、という感じになっています(笑)

おまけに、というのも変ですが。今年の2月に若者たちが立ち上げたインターネットサイト、ビーレビュー(https://www.breview.org/)にも、まりも、のハンドルネームで関わるようになり・・・これも、流れ、と言えばそれまでなのですが・・・もう、笑うっきゃない、くらいの勢いで、詩にまみれる日々を送っています。

とりいそぎ、近況報告です。
 

井川 博年『夢去りぬ』

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 9月26日(火)12時27分49秒
編集済
   一昨日、福知山から帰ったら詩集『夢去りぬ』( 井川 博年 1940年12月18日生76歳)が配達されていて、取り急ぎ全詩を読ませていただきましたので、本日、昼休みに走り書きの投稿をさせて頂きました。

 井川博年さんは、「生まれついてのロマンティストの甘ちゃん。その私の今の気分にぴったりなのが、『夢去りぬ』というわけ。」と、「あとがき」に書かれています。
 因みに、『夢去りぬ』とは、1939年にアメリカで発表された楽曲「Love's Gone」の、服部良一さんによる日本語題。(井川さんと同年代の私はこの歌を全く知りませんでした。「あとがき」を読んで、この詩集が『夢去りぬ』-「Love's Gone」とされた所以が分かりました。)

 この詩集のなかでとりあえず私の目をひいたのが、「帰郷者―自然は限りなく美しく永久に住民は貧窮してゐた」という静雄詩の引用文を前文につけられた「明るい帰郷者」という2015/3『暦程』初出の詩です。「明るい帰郷者」とは「明るいナショナル」や「明るい農村」という1945~50年代の流行語に由来するのでしょうか。
  ・・・・・・
  見わたすかぎり
  耕作放棄地になった
  田んぼは草ぼうぼう
  山や畑は荒れ果てて
  猪が出るので危険になった。
  ・・・・・・
「ああ昔の農村はどこへいった」と詩人が嘆く「昔の農村」とは、詩人が18歳で後にした松江市の風景でしょうが、諫早の「昔の農村」の風景もほぼ似たようなものでしょう。
 私の生家は150年以上も経ち危険だと数年前に取り壊されたので、葬式や法事に帰郷してもホテルに泊まります。親戚は多いが、共通の話題も少ないので、挨拶程度の話しかしません。(もと農家の長男としては心の痛む耕作放棄地の荒れ姿ではあります。)

 伊東静雄が『帰郷者』を歌った1930年代と比べると、その後約80年間の交通網の発達、TVの普及、都会への人口流入など戦後日本共通の急激な社会の変化によって、井川さんが『明るい帰郷者』を歌われた現代の「故郷」は、全く別物に近い程に変貌しました。
 急げば2時間ほどで故郷に帰れるように便利になりましたが、田舎の道を歩いても殆どの人が自動車で移動するので住人には会いません。自動車どうしですれ違ってもチラッと見交わす程度のふれあいでしかなく、「各自ぶつぶつと呟く」暇さえありません。今も昔も変わらないのは「ただ多くの不平と辛苦ののちに」ともに一基の墓となっていることです。私も、大阪で生まれた係累が11人に増えたので、彼らの将来の墓参りの便を考えれば大阪近郊に墓地を買い墓石を建てることになるでしょう。
 私は、わが「老いの坂」を「道なり」に上がったり下がったりしながら日々を送っている昨今でありますが、若い人たちの助けを借りながらも、時の流れに逆らわず、「明るい老後」を全うしたいとと念じています。

    「老いの坂」
  ・・・・・
  昔々「老いの坂」を駆け上り
  ―人間五十年 夢幻のごとくなり
  京の本能寺に信長を討った明智光秀は
  山崎の山林で竹やりで刺されて
  首打たれた。
  だから人間
  みだりに坂は上ってはいけない。
  特に老いの坂は
  下るにまかせるまま。

        (『夢去りぬ』の巻末所載詩から抜粋)
 

二百年

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年 9月22日(金)16時22分7秒
   皆様。長らくごぶさたをしました。
 上村様。「伊東静雄研究会会報」をありがとうございました。
 井川博年様。「丸山薫賞」の受賞をお慶び申し上げます。おめでとうございます。

「二百年後の人々は……」と書き出された詩は、まことに心を揺すぶります。先年、中学のクラス会があったときに、雑談で「人類の滅亡とか云うけど、案外世間の思っているより早いのんとちゃうやろか」「わたしもそう思う。たとえば、五百年とか……」と、某女史は応じたのですが、五百年は甘いか。

 石原吉郎がヨハネ黙示録八・一の
  第七の封印を解き給ひたれば、凡そ半時のあひだ天静なりき
の聖句を引くことはよく知られています。第七の封印はすでに解かれて、われわれの生きてる今は、その「凡そ半時」の、わずかな時の間なのではないか、とどこかで云っていたような気もします。
 しかし石原はまた、詩「世界のほろびる日」で、

  世界がほろびる日に
  かぜをひくな
  ビールスに気をつけろ
  ベランダにふとんを干しておけ
  ガスの元栓を忘れるな
  電気釜は
  八時に仕掛けておけ


と云います。これは、世界の終末という大きな日に、日常の些末な事柄に執着する人間の愚かさへの皮肉とも読めますし、終末とはそんな大ごとではなく、ただ普段どおり静かに迎えればよいのだ、と云っているふうにも読めます。

 私は井川様の、

  ……それでもやはり人間だから
  今からは想像できない仕事をしていても
  仕事先でしくじったり家庭問題に悩んだり
  歯の痛みや背中の痛みに顔をしかめたり
  子供の成績や姿勢の悪いのを気にしているだろう
  二百年後も太陽は昇り夕立だってあるだろうから
  着て行くものも何にするか気になるだろう
  そうして笑ったり泣いたりしているのだろうか


このあたりに、何か共通した気分を感じます。

 人間の愚かさ、そういう人間への憤りと、哀しみと、いとおしさと。

 昔、詩を書いていたころ、こんな断片を書き付けました。

    終末
  静かに 暮れて行く
  喇叭の音など 聞えない


 以前この掲示板に開高健の詩碑のことを書いたときに、「北田辺」という詩を付した、あの内容も、「人類滅亡後の北田辺の人々」を描いたつもりでした。

 しかし、最近もっとも強烈だったのは、車谷長吉の、次の捨て台詞でした。

私たちはいま、得体の知れない時代のただ中に生きていることを強いられることになった。あとは
人類滅亡が待っているだけだ。いい気味だな。ざまあ見ろ。(車谷長吉『文士の魂 文士の生魑魅』)
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 9月19日(火)11時43分12秒
  台風は、長崎に少しの風と雨をもたらしました。
のんのこ祭りは、1日だけの開催でした。
彼岸花を、あちらこちらで見かけます。

8月26日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第113回月例会を開催した。
会報は、107号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「夏の終り」「螢」「小曲」

会報はつぎのとおり。

1  伊東静雄ノート         (8)
    『呂』5号(昭和7年10月)に掲載された詩2篇
    「母」
    「新月」
                                                   青木 由弥子
                                            千年樹71号より転載

2 詩 「白骨の耳」
                                                   松尾 静子
                                      子午線122号より転載

3 評論
                                                   小滝 栄史
                      評論 菁夜より転載

4 冥府の蛇
                                                   坂井 信夫

5 「夏の朗読会」が8月6日、諫早図書館で開かれた。
  諫早ゆかりの6作品(山田かん、上村肇、木下和郎)が朗読され、戦争体験の詩人 の言葉が 響いた。
                       長崎新聞 8月7日掲載
                                            以上
 

「星を産んだ日」

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 9月 8日(金)10時41分58秒
編集済
  青木様の「星を産んだ日」を、感動しながら読ませていただきました。ありがとうございました。

    「星を産んだ日」(青木 由弥子)

      ・・・・・・・・・・
     汗にまみれた白い分娩台の上で
     しわしわで赤い火の玉を胸に抱く
     胎脂でべたべたの手足でもがき
     小さな口を大きく開けて
     乳首を求めて挑みかかる
     ・・・・・・・・・・・

十年前に孫が誕生したとき、血まみれの「赤い火の玉」の写真を娘がメールで送ってくれました。娘は医師ですので、そのときは「リケジョ(理系女子)は凄いな!」とも思ったのですが、まさに「星を産んだ」感動的な瞬間の写真であったのだと、記憶が蘇りました。

今では、孫は、小学3年生の可愛い女の子に成長し、毎日クラシックバレーのレッスンに熱中しています。娘は、私の職場(大阪駅・グランフロント南館)の隣のビル(同・北館)の某医療法人の眼科クリニック院長になっていて、一見優しそうな顔で、十数人のスタッフと共に毎日忙しそうに診療をしています。
夏休みを利用して、熊本地震で中止していた九州旅行(2泊3日)に行ってまいりましたので写真を添付してみます。(別府、高千穂峡、阿蘇烏帽子岳)
 

ごぶさたしております

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年 8月25日(金)23時20分26秒
  皆様 お元気ですか
少し涼しくなったと思っていたのに、またまた35度越えの毎日です。本当に地球はどうしてしまったのでしょう、人の住むところだけ、皮膚が腫れ上がって炎症を起こして、熱を持っている・・・等ということでなければ良いのですが。

明日の土曜日、東京新聞と中日新聞の夕刊、詩歌への招待 欄に、新作を一篇寄稿しました。購読しておられる方がいらしたら、ご高覧頂ければ幸いです。
 

KIDS VENTURE

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 8月24日(木)16時15分18秒
編集済
   今日、出社時にエレヴェーターを降りると、案内板に「“KIDS VENTURE”入り口はこちら」という掲示がありました。子供たち(小学1年生~5年生)のプログラミング教室のイベント案内らしいです。(札幌、東京、大阪、札幌で定期開催)
 昼前になると、子供たちが次々に集まり、会社の社員たちが講師(黄色や赤色のエプロンなどを着て料理教室のような風景)になって教えるそうです。のぞき見ると、子供たちは、半田ごてを使って電子部品を組み立て、おもちゃにつなぎ、動かしています。会費は、材料費込みで2000円らしいですが、とても楽しそうです。

 この子供たちが、やがては「ロボコン」の選手となり、「第4時産業革命」と言われる新しい時代の担い手になるのかもしれないと思うと、何だか声援を送りたくなります。


 

https://kidsventure.jp/

 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 8月 7日(月)09時43分9秒
  例年にない暑さで、いい加減うんざりしております。
台風は、長崎をそれて過ぎ去りました。
サギソウが今年も咲きました。

7月22日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第112回月例会を開催した。
会報は、106号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。

「春浅き」 「百千の」 「わが家はいよいよ小さし」

会報はつぎのとおり。

1  伊東静雄の「詩索」という対話         (2)
                                                   田中 俊廣
                                       <平成29年 詩と思想5月号>

2 詩 「新帰郷者」
                                                   原 子朗
                                   「河」  昭和29年6月 7号

3 「帰郷者の墓 諫早伊東静雄」
                                                   伊藤 信吉
                   『詩のふるさと』昭和41年12月

4 伊藤桂一という人  「あの世もこの世も同じなんだよ」
                                                   住吉 千代美
                                       詩誌『花筏』31号
                                            以上
 

八月の太陽に・・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 8月 1日(火)13時39分1秒
編集済
  謹んで暑中お見舞い申し上げます。
いよいよ八月になり、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は、日焼け止めクリームをたっぷり塗って八月の太陽を浴び、親しみたいものと(年甲斐もなく)希がっております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
運命? さなり、
あゝわれら自ら孤寂なる発光体なり!
白き外部世界なり。(「八月の石にすがりて」より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
声に出して詠んでみると、のっぴきならない深刻な鋭い響きがしますね。
(たとえ詩全体の意味がよく分からなくても、この三行の詩句の、リズミカルで差し迫った深刻な響きだけで、詠み手の心にアピールし記憶に残る、突出したフレーズです。まるで歌曲の“さび”(高揚部)のような響きがします。)

伊東静雄の詩を読んでいると、意味の流れからみて「主題部」(モティーフ)となるところと、詩を朗詠してみると歌の「さび」(ブリッジ)のように高らかに響く部分との両者が、必ずしも一致しないことに気が付き惑わされることがあります。(“はぐらかし”の一種か偶然の所作か?)(もっとも、両者が常に一致してると演歌みたいに安っぽくなって面白くないかもしれませんね。)


たとえば、『わが人に與ふる哀歌』においては、
<太陽は美しく輝き
 或いは 太陽の美しく輝くことを希ひ>
という詩の前半部分が、演歌の“前さび”のように高らかに響いています。
したがって、(<手をかたくくみあわせ/しずかに私たちは歩いていった>はマッケイの詩『モールゲン』に由来すると言われていますが、そこから、<私たちの意志の姿勢で/それらの無辺な広大の讃歌を>の部分が、『哀歌』においては格調が高く、読むときには力が入ります。

マッケイの詩『モールゲン』の後半は、以下のように続きます。

「太陽はわれわれ幸福なものたちをふたたびひとつにする。そして広い、青い波のうちよせる海辺に、私達は静かに、降ってゆくだろう。無言のままわたしたちは互いの目を見つめ合う、そしてわたしたちの上には、幸福の、無言の沈黙が降りてくる。」(中路正恒訳)

ところが、『哀歌』の<あゝ わがひと>以下の詩句においては、詩人は一人で「如かない 人気ない山に上り」、「音なき空虚」「死した湖」の哀しい情景を見つめております。この詩が「哀歌」(この部分が主題部)たるゆえんであり、“「太陽の恵み」を受けることのない詩人(わたし)の暗い心と、「死した湖」とどっちが大きい?”と言うほどに「わたし」は膨張しています。

したがって、『哀歌』の主旨はマッケイの詩『モールゲン』とは真逆のことを歌うことであり、詩人は『哀歌』をイロニー的に構成するために『モルゲン』風の詩句をわざわざ前半に置いたしたのでしょうか。

昼下がりの会社の窓(35f)からぼんやり淀川や六甲山を眺めながら、こんな取り止めのないことを考えました。

<注>『わが人に與ふる哀歌』を、「わたし」と『半身』との自己内対話(詩索)として解釈してみよう試みてみましたがうまくいきませんでした。

*偶然にも写っていた明石海峡大橋の写真を追加しました。
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 7月 5日(水)11時00分10秒
  7月2日、第16回諫早としょかんフェスティバルが開催されました。

伊東静雄研究会は、1階最奧の文人コーナーにて、諫早ゆかりの文人の作品を会員4名が紹介しました。

果たしてお客さんに来て頂けるのか、会員一同心細い思いでしたが、足りなくなった椅子を急いで増やしたり、資料を取りそろえたりと、嬉しい悲鳴をあげました。

今回紹介された文人は、次の4名です。
1  伊東 静雄  詩情豊かな孤高の詩人
2 上村 肇   人生の哀歓 詩に込めて
3 木下 和郎  古里を愛した叙情詩人 小長井町出身
4 轟  龍造   文学発表の場は同人誌 高来町出身

第157回直木賞候補にノミネートされている佐世保市在住の佐藤正午さんは、北諫早中学校に通っていたそうです。

あと、第156回直木賞候補にノミネートされた作家の垣根涼介さんも、今後の受賞が大いに期待されています。
                                             以上
 

レンタル掲示板
/73