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2年程前(2007/9/17投稿)の今頃、斎藤様から車谷長吉氏のことを教えて頂いて、同氏が野呂邦暢「諫早菖蒲日記」を読んで感激したという京都の本屋を探したり、西洞院通丸太町上ル夷川町の「柿傳」に行ってみたり、帰りに烏丸二条「松栄堂」で匂い袋を買ったことを思い出します。
野呂さんは、古田史学(九州王朝説)や自然保護運動に興味を持たれ、忙しい中で事務局の仕事まで引き受けられていたようで、生前の誠実なお人柄が偲ばれます。
先日上村さんからご紹介いただいた旧制住吉中学第21期卒業生による「傘寿記念文集」も出版社からお送り頂き、拝読いたしました。 終戦当時15歳で、現在80歳を迎えられた方々の、生々しい「追憶の記録」です。
焼け野原になった大阪市街地やB29の編隊などの写真や絵も沢山載っています。生涯誠実な国語教師であり続けた伊東静雄が生徒たちを前に教壇で俯いている写真もあります。
終戦後の、食糧難の大阪で青春時代を送られた住中第21期卒業生(昭和ひと桁世代)の皆様方の今もなお燃え続けるパワーや結束力が、この分厚い文集に結実しているように感じて、深い感銘を受けました。また、伊東静雄に一章を設けられ、その思い出を綴ることによって大事に顕彰して頂いていることにも感激しました。伊東静雄は、終戦後はじめての授業に先立ち、生徒たちに深々と頭を下げて、「申し訳なかった」と詫びたそうです。
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