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投稿者:morgen
投稿日:2009年 8月12日(水)09時42分30秒
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こんにちは ありがとうございました。よく理解できました。
『コギト』昭和十年八月号において、「漂泊」−A・Tに−と書かれていることを確認しました。このA・Tが「あおき たかまろ」のA・Tであることも間違いないでしょうね。
また、「家島」のこともご指摘の通りで、この詩は、杉本秀太郎氏のように「私の放浪する半身」が、放浪の(冥界を彷徨った)果てに蘇生する「絶唱」と創造的に解釈することも可能である一方で、「家島」や「伝記的事実」に即して解釈することも可能であるという、「おしゃれな」詩であるともみることができます。
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