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ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年10月17日(火)16時11分43秒
  ようやく平年並みの気温となり、秋の到来です。
上山公園にある「野呂邦暢文学碑」横の金木犀は、いつの間にか咲き終わっていました。銀杏は少し色付いてきました。

9月23日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第114回月例会を開催した。
会報は、108号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「誕生日の即興歌」「野の夜」「夕映え」

会報はつぎのとおり。

1  井川博年さんの詩集『夢去りぬ』(思潮社)が、第24回丸山薰賞に決定しました。
    井川さんは、「少年時代から憧れていた丸山薰の名前を冠に頂く文学賞を受け、夢のようであり、
   最高の喜びです。」とコメントされています。
                                              <東日新聞 2017.9.13>

    詩 「二百年」                          詩集『夢去りぬ』より

2 「あゝ暗」                                           岩坂 恵子
                *伊東静雄の詩  「春浅き」から
                *尾形亀之助の詩 「序 二月」から
                                       夫は、詩人・作家の清岡卓行

3 玖島桜に会いたくて(大阪市北区造幣局の通り抜け桜)       志田 静枝

                                           2017年「秋桜」21号

3 諫早の詩人 上村肇 この一篇 「雪」              松尾 静子

                                        平成29年「子午線」122号

4 詩 「風が起つ」                                   村尾 イミ子

                                        平成29年詩誌「真白い花」17号

5 詩 「精霊流し」                          宮城 ま咲

                                         西九州文学39号より

6 「海鳥忌」 没後11年

  上村肇の詩数編を朗読し、個人の在りし日を偲びました。
                                          以上

    伊東静雄の詩「なれとわれ」を想起させる情景を探りました。
     なつかしき山と河の名...
 
 

実りの秋

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年10月 3日(火)12時44分36秒
  皆様、お元気ですか。モルゲン様、拙詩集をお読みくださったとのこと、本当にありがとうございました。

『詩と思想』の編集に関わるようになって・・・学ぶことが多すぎて、頭の中、ひっちゃかめっちゃか、です(・・・大学生の頃、ひっちゃかめっちゃか、と言って、どこの方言?と笑われたことがありますが・・・埼玉の方言、なんでしょうか・・・)

一年に一回か二回くらい、「責任編集」の仕事が回って来る、と思っていたのですが、流れで11月号を手伝うことになり、12月号の「文月悠光」さんをお迎えしての座談会は、もともと、私が企画した案なので、まあ、同時進行でバタバタしており・・・1,2月合併号の「年鑑号」でも、いろいろと仕事があったことを知り・・・五月号を担当する、はずだったのですが、寄稿者などとの兼ね合いというのか、諸事情、ご都合、その他鑑み、ということで、三月号に前倒し、ということになって(まあ、私がお願いして、そうしてもらったので、忙しいとも言っていられないのですが)なんでこんなに毎日走っているんだろう、という感じになっています(笑)

おまけに、というのも変ですが。今年の2月に若者たちが立ち上げたインターネットサイト、ビーレビュー(https://www.breview.org/)にも、まりも、のハンドルネームで関わるようになり・・・これも、流れ、と言えばそれまでなのですが・・・もう、笑うっきゃない、くらいの勢いで、詩にまみれる日々を送っています。

とりいそぎ、近況報告です。
 

井川 博年『夢去りぬ』

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 9月26日(火)12時27分49秒
編集済
   一昨日、福知山から帰ったら詩集『夢去りぬ』( 井川 博年 1940年12月18日生76歳)が配達されていて、取り急ぎ全詩を読ませていただきましたので、本日、昼休みに走り書きの投稿をさせて頂きました。

 井川博年さんは、「生まれついてのロマンティストの甘ちゃん。その私の今の気分にぴったりなのが、『夢去りぬ』というわけ。」と、「あとがき」に書かれています。
 因みに、『夢去りぬ』とは、1939年にアメリカで発表された楽曲「Love's Gone」の、服部良一さんによる日本語題。(井川さんと同年代の私はこの歌を全く知りませんでした。「あとがき」を読んで、この詩集が『夢去りぬ』-「Love's Gone」とされた所以が分かりました。)

 この詩集のなかでとりあえず私の目をひいたのが、「帰郷者―自然は限りなく美しく永久に住民は貧窮してゐた」という静雄詩の引用文を前文につけられた「明るい帰郷者」という2015/3『暦程』初出の詩です。「明るい帰郷者」とは「明るいナショナル」や「明るい農村」という1945~50年代の流行語に由来するのでしょうか。
  ・・・・・・
  見わたすかぎり
  耕作放棄地になった
  田んぼは草ぼうぼう
  山や畑は荒れ果てて
  猪が出るので危険になった。
  ・・・・・・
「ああ昔の農村はどこへいった」と詩人が嘆く「昔の農村」とは、詩人が18歳で後にした松江市の風景でしょうが、諫早の「昔の農村」の風景もほぼ似たようなものでしょう。
 私の生家は150年以上も経ち危険だと数年前に取り壊されたので、葬式や法事に帰郷してもホテルに泊まります。親戚は多いが、共通の話題も少ないので、挨拶程度の話しかしません。(もと農家の長男としては心の痛む耕作放棄地の荒れ姿ではあります。)

 伊東静雄が『帰郷者』を歌った1930年代と比べると、その後約80年間の交通網の発達、TVの普及、都会への人口流入など戦後日本共通の急激な社会の変化によって、井川さんが『明るい帰郷者』を歌われた現代の「故郷」は、全く別物に近い程に変貌しました。
 急げば2時間ほどで故郷に帰れるように便利になりましたが、田舎の道を歩いても殆どの人が自動車で移動するので住人には会いません。自動車どうしですれ違ってもチラッと見交わす程度のふれあいでしかなく、「各自ぶつぶつと呟く」暇さえありません。今も昔も変わらないのは「ただ多くの不平と辛苦ののちに」ともに一基の墓となっていることです。私も、大阪で生まれた係累が11人に増えたので、彼らの将来の墓参りの便を考えれば大阪近郊に墓地を買い墓石を建てることになるでしょう。
 私は、わが「老いの坂」を「道なり」に上がったり下がったりしながら日々を送っている昨今でありますが、若い人たちの助けを借りながらも、時の流れに逆らわず、「明るい老後」を全うしたいとと念じています。

    「老いの坂」
  ・・・・・
  昔々「老いの坂」を駆け上り
  ―人間五十年 夢幻のごとくなり
  京の本能寺に信長を討った明智光秀は
  山崎の山林で竹やりで刺されて
  首打たれた。
  だから人間
  みだりに坂は上ってはいけない。
  特に老いの坂は
  下るにまかせるまま。

        (『夢去りぬ』の巻末所載詩から抜粋)
 

二百年

 投稿者:山本 皓造  投稿日:2017年 9月22日(金)16時22分7秒
   皆様。長らくごぶさたをしました。
 上村様。「伊東静雄研究会会報」をありがとうございました。
 井川博年様。「丸山薫賞」の受賞をお慶び申し上げます。おめでとうございます。

「二百年後の人々は……」と書き出された詩は、まことに心を揺すぶります。先年、中学のクラス会があったときに、雑談で「人類の滅亡とか云うけど、案外世間の思っているより早いのんとちゃうやろか」「わたしもそう思う。たとえば、五百年とか……」と、某女史は応じたのですが、五百年は甘いか。

 石原吉郎がヨハネ黙示録八・一の
  第七の封印を解き給ひたれば、凡そ半時のあひだ天静なりき
の聖句を引くことはよく知られています。第七の封印はすでに解かれて、われわれの生きてる今は、その「凡そ半時」の、わずかな時の間なのではないか、とどこかで云っていたような気もします。
 しかし石原はまた、詩「世界のほろびる日」で、

  世界がほろびる日に
  かぜをひくな
  ビールスに気をつけろ
  ベランダにふとんを干しておけ
  ガスの元栓を忘れるな
  電気釜は
  八時に仕掛けておけ


と云います。これは、世界の終末という大きな日に、日常の些末な事柄に執着する人間の愚かさへの皮肉とも読めますし、終末とはそんな大ごとではなく、ただ普段どおり静かに迎えればよいのだ、と云っているふうにも読めます。

 私は井川様の、

  ……それでもやはり人間だから
  今からは想像できない仕事をしていても
  仕事先でしくじったり家庭問題に悩んだり
  歯の痛みや背中の痛みに顔をしかめたり
  子供の成績や姿勢の悪いのを気にしているだろう
  二百年後も太陽は昇り夕立だってあるだろうから
  着て行くものも何にするか気になるだろう
  そうして笑ったり泣いたりしているのだろうか


このあたりに、何か共通した気分を感じます。

 人間の愚かさ、そういう人間への憤りと、哀しみと、いとおしさと。

 昔、詩を書いていたころ、こんな断片を書き付けました。

    終末
  静かに 暮れて行く
  喇叭の音など 聞えない


 以前この掲示板に開高健の詩碑のことを書いたときに、「北田辺」という詩を付した、あの内容も、「人類滅亡後の北田辺の人々」を描いたつもりでした。

 しかし、最近もっとも強烈だったのは、車谷長吉の、次の捨て台詞でした。

私たちはいま、得体の知れない時代のただ中に生きていることを強いられることになった。あとは
人類滅亡が待っているだけだ。いい気味だな。ざまあ見ろ。(車谷長吉『文士の魂 文士の生魑魅』)
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 9月19日(火)11時43分12秒
  台風は、長崎に少しの風と雨をもたらしました。
のんのこ祭りは、1日だけの開催でした。
彼岸花を、あちらこちらで見かけます。

8月26日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第113回月例会を開催した。
会報は、107号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。
「夏の終り」「螢」「小曲」

会報はつぎのとおり。

1  伊東静雄ノート         (8)
    『呂』5号(昭和7年10月)に掲載された詩2篇
    「母」
    「新月」
                                                   青木 由弥子
                                            千年樹71号より転載

2 詩 「白骨の耳」
                                                   松尾 静子
                                      子午線122号より転載

3 評論
                                                   小滝 栄史
                      評論 菁夜より転載

4 冥府の蛇
                                                   坂井 信夫

5 「夏の朗読会」が8月6日、諫早図書館で開かれた。
  諫早ゆかりの6作品(山田かん、上村肇、木下和郎)が朗読され、戦争体験の詩人 の言葉が 響いた。
                       長崎新聞 8月7日掲載
                                            以上
 

「星を産んだ日」

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 9月 8日(金)10時41分58秒
編集済
  青木様の「星を産んだ日」を、感動しながら読ませていただきました。ありがとうございました。

    「星を産んだ日」(青木 由弥子)

      ・・・・・・・・・・
     汗にまみれた白い分娩台の上で
     しわしわで赤い火の玉を胸に抱く
     胎脂でべたべたの手足でもがき
     小さな口を大きく開けて
     乳首を求めて挑みかかる
     ・・・・・・・・・・・

十年前に孫が誕生したとき、血まみれの「赤い火の玉」の写真を娘がメールで送ってくれました。娘は医師ですので、そのときは「リケジョ(理系女子)は凄いな!」とも思ったのですが、まさに「星を産んだ」感動的な瞬間の写真であったのだと、記憶が蘇りました。

今では、孫は、小学3年生の可愛い女の子に成長し、毎日クラシックバレーのレッスンに熱中しています。娘は、私の職場(大阪駅・グランフロント南館)の隣のビル(同・北館)の某医療法人の眼科クリニック院長になっていて、一見優しそうな顔で、十数人のスタッフと共に毎日忙しそうに診療をしています。
夏休みを利用して、熊本地震で中止していた九州旅行(2泊3日)に行ってまいりましたので写真を添付してみます。(別府、高千穂峡、阿蘇烏帽子岳)
 

ごぶさたしております

 投稿者:青木由弥子  投稿日:2017年 8月25日(金)23時20分26秒
  皆様 お元気ですか
少し涼しくなったと思っていたのに、またまた35度越えの毎日です。本当に地球はどうしてしまったのでしょう、人の住むところだけ、皮膚が腫れ上がって炎症を起こして、熱を持っている・・・等ということでなければ良いのですが。

明日の土曜日、東京新聞と中日新聞の夕刊、詩歌への招待 欄に、新作を一篇寄稿しました。購読しておられる方がいらしたら、ご高覧頂ければ幸いです。
 

KIDS VENTURE

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 8月24日(木)16時15分18秒
編集済
   今日、出社時にエレヴェーターを降りると、案内板に「“KIDS VENTURE”入り口はこちら」という掲示がありました。子供たち(小学1年生~5年生)のプログラミング教室のイベント案内らしいです。(札幌、東京、大阪、札幌で定期開催)
 昼前になると、子供たちが次々に集まり、会社の社員たちが講師(黄色や赤色のエプロンなどを着て料理教室のような風景)になって教えるそうです。のぞき見ると、子供たちは、半田ごてを使って電子部品を組み立て、おもちゃにつなぎ、動かしています。会費は、材料費込みで2000円らしいですが、とても楽しそうです。

 この子供たちが、やがては「ロボコン」の選手となり、「第4時産業革命」と言われる新しい時代の担い手になるのかもしれないと思うと、何だか声援を送りたくなります。


 

https://kidsventure.jp/

 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 8月 7日(月)09時43分9秒
  例年にない暑さで、いい加減うんざりしております。
台風は、長崎をそれて過ぎ去りました。
サギソウが今年も咲きました。

7月22日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第112回月例会を開催した。
会報は、106号。

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。

「春浅き」 「百千の」 「わが家はいよいよ小さし」

会報はつぎのとおり。

1  伊東静雄の「詩索」という対話         (2)
                                                   田中 俊廣
                                       <平成29年 詩と思想5月号>

2 詩 「新帰郷者」
                                                   原 子朗
                                   「河」  昭和29年6月 7号

3 「帰郷者の墓 諫早伊東静雄」
                                                   伊藤 信吉
                   『詩のふるさと』昭和41年12月

4 伊藤桂一という人  「あの世もこの世も同じなんだよ」
                                                   住吉 千代美
                                       詩誌『花筏』31号
                                            以上
 

八月の太陽に・・・・

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 8月 1日(火)13時39分1秒
編集済
  謹んで暑中お見舞い申し上げます。
いよいよ八月になり、皆様いかがお過ごしでしょうか。私は、日焼け止めクリームをたっぷり塗って八月の太陽を浴び、親しみたいものと(年甲斐もなく)希がっております。

・・・・・・・・・・・・・・・・・
運命? さなり、
あゝわれら自ら孤寂なる発光体なり!
白き外部世界なり。(「八月の石にすがりて」より)
・・・・・・・・・・・・・・・・・
声に出して詠んでみると、のっぴきならない深刻な鋭い響きがしますね。
(たとえ詩全体の意味がよく分からなくても、この三行の詩句の、リズミカルで差し迫った深刻な響きだけで、詠み手の心にアピールし記憶に残る、突出したフレーズです。まるで歌曲の“さび”(高揚部)のような響きがします。)

伊東静雄の詩を読んでいると、意味の流れからみて「主題部」(モティーフ)となるところと、詩を朗詠してみると歌の「さび」(ブリッジ)のように高らかに響く部分との両者が、必ずしも一致しないことに気が付き惑わされることがあります。(“はぐらかし”の一種か偶然の所作か?)(もっとも、両者が常に一致してると演歌みたいに安っぽくなって面白くないかもしれませんね。)


たとえば、『わが人に與ふる哀歌』においては、
<太陽は美しく輝き
 或いは 太陽の美しく輝くことを希ひ>
という詩の前半部分が、演歌の“前さび”のように高らかに響いています。
したがって、(<手をかたくくみあわせ/しずかに私たちは歩いていった>はマッケイの詩『モールゲン』に由来すると言われていますが、そこから、<私たちの意志の姿勢で/それらの無辺な広大の讃歌を>の部分が、『哀歌』においては格調が高く、読むときには力が入ります。

マッケイの詩『モールゲン』の後半は、以下のように続きます。

「太陽はわれわれ幸福なものたちをふたたびひとつにする。そして広い、青い波のうちよせる海辺に、私達は静かに、降ってゆくだろう。無言のままわたしたちは互いの目を見つめ合う、そしてわたしたちの上には、幸福の、無言の沈黙が降りてくる。」(中路正恒訳)

ところが、『哀歌』の<あゝ わがひと>以下の詩句においては、詩人は一人で「如かない 人気ない山に上り」、「音なき空虚」「死した湖」の哀しい情景を見つめております。この詩が「哀歌」(この部分が主題部)たるゆえんであり、“「太陽の恵み」を受けることのない詩人(わたし)の暗い心と、「死した湖」とどっちが大きい?”と言うほどに「わたし」は膨張しています。

したがって、『哀歌』の主旨はマッケイの詩『モールゲン』とは真逆のことを歌うことであり、詩人は『哀歌』をイロニー的に構成するために『モルゲン』風の詩句をわざわざ前半に置いたしたのでしょうか。

昼下がりの会社の窓(35f)からぼんやり淀川や六甲山を眺めながら、こんな取り止めのないことを考えました。

<注>『わが人に與ふる哀歌』を、「わたし」と『半身』との自己内対話(詩索)として解釈してみよう試みてみましたがうまくいきませんでした。

*偶然にも写っていた明石海峡大橋の写真を追加しました。
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 7月 5日(水)11時00分10秒
  7月2日、第16回諫早としょかんフェスティバルが開催されました。

伊東静雄研究会は、1階最奧の文人コーナーにて、諫早ゆかりの文人の作品を会員4名が紹介しました。

果たしてお客さんに来て頂けるのか、会員一同心細い思いでしたが、足りなくなった椅子を急いで増やしたり、資料を取りそろえたりと、嬉しい悲鳴をあげました。

今回紹介された文人は、次の4名です。
1  伊東 静雄  詩情豊かな孤高の詩人
2 上村 肇   人生の哀歓 詩に込めて
3 木下 和郎  古里を愛した叙情詩人 小長井町出身
4 轟  龍造   文学発表の場は同人誌 高来町出身

第157回直木賞候補にノミネートされている佐世保市在住の佐藤正午さんは、北諫早中学校に通っていたそうです。

あと、第156回直木賞候補にノミネートされた作家の垣根涼介さんも、今後の受賞が大いに期待されています。
                                             以上
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 7月 4日(火)17時52分39秒
  6月24日午後2時から諫早図書館2階に於いて、第111回月例会を開催した。
会報は、105号です

今回は、伊東静雄の詩3篇を鑑賞した。

羨望   昭和16年『天性』8号特集 『春のいそぎ』収録

山村遊行  昭和16年『コギト』6月号    同上

庭の蝉    昭和16年『コギト』7月号    同上


会報はつぎのとおり。

1  伊東静雄の「詩索」という対話
                                                   田中 俊廣
                                       <平成29年 詩と思想5月号>

2 詩 「最初の質問」
                                                   長田  弘
        (おさだ ひろし、1939年11月10日~2015年5月3日)

                                             以上
 

ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 6月22日(木)15時02分19秒
  5月29日、諫早市美術・歴史館に於いて、野呂邦暢を顕彰する「第37回菖蒲忌」が開かれた。
今年は、野呂邦暢が生誕して80年となる節目の年です。

1  作品奉読 「諫早菖蒲日記」冒頭      諫早音声訳の会  村川 淳子

2 野呂文学作品朗読
(1) 西陵高校放送部 「落城記」  中野 栄太郎(3年)・福永 瑞菜(3年)

(2) 諫早高校放送部 「小さな町にて」より
                    「パクよ、お前も...」  入江 祐希奈(3年)
                    「鬼火」                草野 美穂  (3年)

3 第17回諫早市中学生・高校生文芸コンクール最優秀賞作品朗読

  随筆 「伝えたいこと」  中学の部 佐藤 佳奈(諫早高校附属中学3年時)

    随筆  「おかえりなさい」  高校の部 渡邊  輝(諫早高校2年時)
                代読 諫早高校放送部 坪田 優花

4 顕彰活動報告  季刊誌「諫早通信」編集長 西村 房子

5 「野呂邦暢小説集成」出版報告  編集者 久山 めぐみ

                                         以上
 

静雄詩における「詞」の流れ (3)

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 6月22日(木)12時07分45秒
編集済
  「太陽1」
―「わがひとに與ふる哀歌
  A    太陽は美しく輝き
 (13行)  あるいは 太陽の美しく輝くことを願ひ
      手をかたくくみあはせ
      しづかに私たちは歩いて行った
      ・・・・・・・・・・
      いま私たちは聴く
      私たちの意志の姿勢で
      それらの無邊な廣大の讃歌を

  B     あゝ わがひと
(4行)   輝くこの日光のなかに忍びこんでゐる
      音なき空虚を
      歴然と見わくる目の発明の
      何になろう

   C     如かない 人気ない山に上り
(3行)   切に願われた太陽をして
      殆ど 死した湖の一面に遍照さするのに

Aの骨子は、「手をかたくくみあはせ しづかに私たちは歩いて行った」「いま私たちは聴く 私たちの意志の姿勢で それらの無邊な廣大の讃歌を」の部分。太陽や鳥、草木はその背景。この抽象的な太陽の描写は、「私たちの意志の姿勢で それらの無邊な廣大の讃歌を」歌う上で必須の要件には見えない。(「太陽が幸福にする」という秘められた期待はあったかもしれないが・・・)

B「あゝ わがひと」で舞台が回る。「太陽は美しく輝き あるいは 太陽の美しく輝くことを願ひ」と歌われたその太陽の光の中には、「音なき空虚が忍び込んでいる」のだ。
「音なき空虚」とは、その直前に歌われた「私たちが意志の姿勢で聴いた無邊な廣大の讃歌」などまったく聞こえないということ。また、凝視の末に脳裏に焼き付けられた残像としての湖(心の中)にまで「音なき空虚」がひろがり、「讃歌」のかけらすら見えない。

C「太陽が幸福にする」と切に希われたのに、「如かない 人気ない山に上り」湖の一面をじーと眺め渡してみても、太陽は湖面を照らさず、「殆ど死した」ように暗く鎮まりかえった湖面には「音なき空虚」だ広がるだけだ。
「私たちの意志の姿勢で それらの無邊な廣大の讃歌を」歌おうとしたのに、「あゝ わがひと」よ、「わがひとに與ふる哀歌」しか歌えないのだ。

「太陽Ⅱ」
―「八月の石にすがりて
まだ大阪市内に住んでいた頃に作られた「八月の石にすがりて」のなかには太陽が2回登場し、異なる性格の「詞」になっている。

    A たれかよくこの烈しき
      夏の陽光のなかに生きむ

    B 見よや、太陽はかしこに
      わずかにおのれがためにこそ
      深く、美しき木陰をつくれ。

A の太陽は、昭和11年7月末~8月始の猛暑続き、特に31日の最高気温35℃という「烈しき夏の陽光」に照らされた灼熱の石という現実性が明確に表現されている。もはや『哀歌』の抽象的な太陽ではなく、熱や光をもった現実のの太陽に照らされた道端の石である。
 母親の急死、長女出産・妻の病気という切迫した家庭の事情のなかで、期日までに詩を提出せよという「文芸懇話会」からの強い要請があった。生きる気力さえ弱まり、心身ともに疲労困憊状態になっていた詩人は、それでも酷暑の大阪を三日三晩気狂いのように歩き回ってこの詩ひとつを創った。

B の太陽は頭の中で創造された太陽である。「太陽すら自分のためだけの日陰をつくっている」ではないか。しかし、詩人は「太陽がもたらしてくれる幸福」とやらに頼ることはやめて(拒絶し)、“自分もまた「雪原に倒れふし、飢ゑにかげりて 青みし狼の目」をまねて(そんな目をして)、(われも亦)生に執着し、運命に抗っていこう”と頑張っているようなことば(詞)である。

「太陽Ⅲ」
―「百千の
      ・・・・・
      哀しみの
      熟れゆくさまは
      酸き木の実
      甘くかもされて 照るに似たらん
      われ秋の太陽に謝す(「百千の」)

 昭和15年『文学界』12月号に発表。翌年1月『文芸』掲載の「わが家はいよいよ小さし」へと続いており、秋の草原(「耳原の三つのみささぎつらぬる岡の辺の草」)をわたる野分けの風、「ことごとく黄とくれないに燃ゆれば」と、堺市北三国ヶ丘の風景が歌われている。

「太陽Ⅱ」の逼迫した生活環境や心境は、(現実の)秋の太陽の力で「酸き木の実 甘くかもされて」いくように円熟した詩の境地へと深められており、その趣意は「則天去私といふことが大切」「個人の生活と体験(自己意識)のみを主な土台(モティーフ)としていてはいけない」という昭和15年6月池田勉宛書簡に表明されている。「太陽Ⅲ」は、詩人にとって身近で、親しみやすい太陽であり、詩人はその太陽に心から感謝の詞を贈っている。

 結果的には、三国ヶ丘移住がこの心境変化に大きな役割を果たしているのではないだろうかと推量される。

 こんな調子で、前項で設定したモデル(フレーム)による静雄詩における「詞」の流れ をスケッチして見ました。こうしてみると、当たり前のことをくどくど書いただけで、静雄詩のより深い理解に役立つかどうかは自信がありません。

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宇宙と脳みそーどちらが大きい?

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 6月16日(金)11時01分11秒
編集済
   会社のロビーで百数十人もの見なれぬ人達が、あちこちに固まって何かイベントをやっています。(JAXA*のイベントでした。)

"Which is bigger, the universe or the inside of your head?”というキャッチフレーズが大きく掲示してあります。

 説明を読んでみると、むかし夏目漱石が「あなたの頭の中は日本よりも大きい。」と言ったそうです。後に、漱石は「則天去私」の心境に変わりました。伊東静雄にも似たような変容がありました。

 このような膨張した自己意識が、等身大に戻ることによる心の姿勢(「詞」も)の変容は、夏目漱石や伊東静雄だけでなく、誰にもあることなのかもしれませんね。

*JAXA(ジャクサ)は英文名称「Japan Aerospace Exploration Agency」の略称です。
            =日本語の正式名称は「宇宙航空研究開発機構」です。
2003年10月1日、H-IIAロケットなど大型ロケットや人工衛星、宇宙ステーションなどの開発を中心に行ってきた宇宙開発事業団(NASDA)、宇宙や惑星の研究を中心に行ってきた宇宙科学研究所(ISAS)、次世代の航空宇宙技術の研究開発を中心に行ってきた航空宇宙技術研究所(NAL)の3機関が統合し、「宇宙航空研究開発機構」として新たに誕生しました。種子島から純国産衛星を打ち上げていることで知られています。大阪にもその出先事務所があるようです。

  

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ご報告

 投稿者:龍田豊秋  投稿日:2017年 6月15日(木)10時01分32秒
  5月27日午後2時から,諫早図書館に於いて第110回例会を開催した。

会報は第104号 内容は次のとおり。

1  伊東静雄ノート(7)
                                                       青木 由弥子
                                        <千年樹 第69号から転載>

2 詩「鳥」
                                                    高塚 かず子
                                                <詩と思想5月号>

3 詩 「菜の花に寄す」   ~2017・3・26
                         第27回伊東静雄賞奨励賞受賞   宮 せつ湖

  3月26日、高城城址で開催された「菜の花忌」が、詩人の故郷阿武隈河原に思いを馳せながら謳われています。

4 詩「晩秋列車」
                            第26回伊東静雄賞受賞        藤山 増昭

5 詩「高田の馬場駅 午後六時二十三分」
                                                        青木 由弥子

6 「伊藤桂一先生を偲ぶ会」が、2017年4月23日東京・学士会館で盛大に開催   された。

7 投稿文 「つつじ祭り 諫早の良さ満喫」
                                                           岡本 博
         2017.4.10長崎新聞 声欄に掲載

                                         以上
 

静雄詩における「詞」の流れ (2)

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 6月14日(水)22時53分39秒
  入梅したというのに、乾燥した爽やかな夏日が続いています。
私の勤務するオフィスからは大阪湾や、淡路島、四国などが眺められ、淀川も河口から上流まで一望できます。
前回の投稿に、次のようなメモを付け加えてみました。
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Ⅰ 「わたし」の膨張

 対象を凝視する「わたし」(近代的自己意識)が膨らみ、描かれているのは、現実の具象的な自然ではなく、幻想・夢想された抽象的な自然
 ・連嶺の夢想よ!… 非時の木の実熟るる
 ・氷り易く 一瞬に氷る谷間
 ・切に希はれた太陽をして 殆ど死した湖の一面に遍照さす

Ⅱ 「そんなに凝視めるな」

 ・ 膨張した「わたし」が「八月の石にすがりて」「水中花」で、限界に達し破綻しそうになり、自然の中で自然の変化とともに生きる方向への転換をこころみる。
 ・三国ケ丘移住がその契機となった(大きな意義があった)

Ⅲ 自然の中に包まれた「わたし」

 ・百千の草葉もみぢし…われ秋の太陽に謝す
 ・みささぎにふるはるのゆき…まなこ閉じ百ゐむ鳥の しずかなるはねにかつ消
      え…春来むとゆきふるあした
 ・「自然の中にすっぽり包まれて自然にとけこむ」=「日本的感性」
   (満開の桜の樹の下で花の盛りを享受する日本人共通の感性)
 

静雄詩における「詞」の流れ

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 6月 2日(金)23時08分48秒
編集済
    去る3月17日「三国ヶ丘菜の花忌」に参加して―「伊東静雄詩詠唱の流れ 」という題で投稿をしたことを思い出しました。
 その際、“三国ケ丘移住というトポスの変化によって、静雄詩の「詞」(ことば)・詩的言語にどのような影響があったか?”―というような大まかなテーマを設定して、チャートを作ってみようとしました。
 太陽、雪、鳥、花という静雄詩に出てくる「詞」の中身、ニュアンス、詩的言語としての響き具合(反響)が、どのように変化をしているかを考えてみるために一覧表としたのです。その変化や響きの違いを、詩人の自己内対話・「詩索」と絡ませて展開してみるとどうなるか?―などと今ぼんやりと考えています。何か意味のある成果がまとまったら投稿します(腹案はありますが文章にするには時間がかかりそうです)。

 私事ながら、会社が梅田のグランフロント南館35階に引越したので、今までよりも通勤時間短くなりました(約20分)。(株主総会で再任されれば)2021年迄の4年間は現役で頑張ります。(→80才)
 所属する業界を取り巻く環境は、IotやAIの急速な展開によって、まさに「第4次産業革命」と呼ばれる技術革新が進んでいます。熱気に溢れた若い技術者たちの真剣な息吹を身近に感じながら、老後の時間を過ごせるだけでも有難く思っております。

 淀の河邊では、めっきり緑色が濃くなった草木の間から、繁殖期を迎えた野鳥たちがうるさいほどに鳴き声を上げています。旺盛な生命力が空気中に漲っていることを身体に感じます。

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詩と思想

 投稿者:齊藤 勝康  投稿日:2017年 5月30日(火)23時36分31秒
  山田兼士氏のブログを見ていて今回このことを知りました。伊東静雄特集だったのですね。氏の「近代詩最後のトライアングル」興味深く読ませていただきました。今後氏のボードレールのごとく静雄詩について書いていただくことを期待したい。  

「詩索」という対話

 投稿者:Morgen  投稿日:2017年 5月28日(日)23時16分34秒
  『詩と思想』所載の田中俊廣“「詩索」という対話”を読み感じたことを2点まとめてみました。

1“現代は、情報氾濫の中で言葉や文字言語の価値が希薄化し埋没しつつ(時代で)ある。・・・とりわけ詩の存在感は小さくて薄い。・・・・・ことばによる思考が低下しつつある。伊東静雄の「詩索」の根幹を見直し検証する試行は、今こそ継続していかなければならない。”というのが、田中先生がこのエッセイで強くアピールしておられる論点であります。

2 「詩索」とは?―伊東静雄は、自己の中の他者である“もう一人の「私」”(半身)との対話によって自己の存在(Identity)や認識の根源を探ろうとした。「詩」はこの自己探求の思索そのものであり、詩を書くことで思索し、思索する行為が詩となっている。・・・教師をし家庭を持つ生活者として、十五年戦争の困難な時代を、詩を書くことで「詩索」しつつ生きてきたのである。

 「詩索」の姿勢は「倦んだ病人」まで一貫して保たれていますが、この15年の間に、「詩語」(ことば)の意味合いや、ことばにかけられたバイアスは大きな変化をみせていることが、「太陽」「雪」「鳥」など、「詩語」の時系列マトリックスを作成してみると良く分かります。(この項は次稿にて。)
 

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